ダム事業で開発された新源泉
2017年5月2日
国交省関東地方整備局より情報開示
H27源泉保護対策等検討業務報告書(公益財団法人中央温泉研究所、H29年3月)から転載。

 

↑ 八ッ場ダム満水時の水没標高 川原湯神社境内で開発された新源泉 ↓


 

川原湯温泉の住民は、1960~70年代、生活の糧である温泉源を沈めるダム計画に強く反発しました。


 

↑ 新源泉の足湯 ↓

 

 

しかし、建設省と群馬県の切り崩しによって温泉街は疲弊し、水没線より標高の高い山の中腹に代替地を造って温泉を引湯する「生活再建」を条件に、1992年、やむなく八ッ場ダム事業を受け入れました。


 

1989年には、群馬県が源泉から約55メートルの川原湯神社の裏手で約360メートル掘削し、新源泉を開発。
 


 

現在、川原湯温泉の移転地である打越代替地に引湯されているのは、この「新湯(あらゆ)」(新源泉)です。

 

旧源泉 「新源泉」に対して、水没地の川原湯温泉に自然に湧き出ている本来の源泉を「旧源泉」と呼びます。

 

 

↑ 新源泉では何方でも生卵を持参して、温泉卵を作る事ができます ↓

 

 

 

↑ 川原湯の主力源泉であった「元(もと)の湯」の湧出地は木蓋で覆われている。

 

周辺には濃厚な湯の香 ↓


 

打越代替地への配湯管の付け替え
町道建設準備 打越代替地へ新湯を運ぶ送湯管は、旧川原湯温泉街の山の中腹につくられる「町道川原湯温泉幹線街路」に埋設されることになっていますが、まだ町道ができていませんので、現在は町道建設ルートに露出している状態です。


 

↑ 八川原湯神社境内の道祖神 ↓

町道建設の本格化にともない、暫定管を工事の邪魔にならないよう設置し直す必要が生じています。

 

中央温泉研究所の報告書では、旅館や住宅が解体された谷側の斜面に設置することが望ましいとしています。しかし、新たな管路も町道に送湯管を埋設するまでの暫定となります。

 


大沢のポンプトリミング 開示資料によれば旧・川原湯神社の脇の新源泉から大沢のポンプ中継所まで、送湯管は直線距離でも500メートル近くあります。さらに打越代替地へポンプアップして、広大な代替地の各施設へ管路で配湯します。

温泉管には温泉の成分(スケール)が付着し、そのままでは閉塞してしまいますので、定期的な清浄・除去が欠かせません。
 


旧温泉街では源泉が温泉街の最も標高の高いところに自然湧出し、地形を利用して各旅館に流下させればよかったのですが、代替地への温泉配湯には長距離の温泉管や揚湯施設など、膨大な設備が必要になりました。

現在はこれらの施設管理を国交省が行っていますが、ダム完成後は地元が維持していくことになります。代替地で営業している宿泊施設がわずか5軒と、かつての四分の一に減少している状況で、維持管理が地元にとって大きな負担となることが懸念されます。


 

川原湯神社
川原湯神社は水没地より標高の高い所にありましたが、町道建設のため、上湯原の県道の脇に遷座しました。



 

川原湯温泉は現在、ダム堤右岸側の打越代替地に移転しています。

 


 

八ッ場ダムの水没地にある川原湯温泉の源泉(元の湯)周辺で長年行われてきた湯かけ祭りも、2015年以降、源泉や神社から遠く離れた代替地で行われるようになりました。


 

↑ 代替地へ移った民家 中央が共同浴場王湯 右端が川原湯神社 ↓

 

 

川原湯神社の遷座
川原湯神社の解体
八ッ場ダムの本体工事現場に隣接する川原湯地区では、川原湯神社を解体する準備が進められています。


 

3月24日には、敷石の移転作業が行われ、境内に並んでいた石仏もなくなっていました。

川原湯地区の住民を見守ってきた神社は、水没予定地の川原湯温泉街の坂を上りきったところにあります。


 

ここは八ッ場ダムが満水になった時の標高583メートルよりは高い位置にあるのですが、町道建設予定地になっているため、神社を遷さなければならなくなりました。

八ッ場ダム事業では、川原湯温泉のJR新駅の山側と谷側に町道をつくっていますが、二つの町道が神社のあたりで合流し、温泉街のあった山の中腹(ダム完成後はダム湖畔)を通って打越代替地の王湯会館の前へ繋がる予定です。


 

↑ 川原湯神社とは別の場所に遷座した薬師堂 ↓

 

 

新神社
新しい神社 新しい神社の建設地は、「川原湯温泉駅」の裏手の県道の脇です。


 

↑ 薬師堂を清掃する方 川原湯温泉トンネルの向側が温泉街代替地 ↓

 

 

ダム事業による移転補償金が地元へ支払われたものの、代替地の土地購入と神社の建築費用は補償金よりはるかに高額であったため、多額の寄付を募ることになったといいます。

当初は社殿を移築する予定だったそうですが、移築は新築より費用が嵩むため、あきらめざるをえなかったそうです。

神社建設地の背後の金鶏山(金花山ともいう)は、雨が降ると崩れやすく、延々と防災工事が続いています。

 


 

↑ 川原湯温泉トンネルの手前がJR東日本吾妻線の付け替え工事現場 ↓

 

 

過去、何度も地形が改変されるほどの土石流が襲ったことを語り伝える地元民らは、果たしてここが神社にふさわしい場所だったのかと、不安を抱いています。

新神社 新しい境内は、これまでよりだいぶ狭くなってしまいました。
砂防ダムと擁壁に取り囲まれた新神社の境内に佇むと圧迫感があり、八ッ場ダム反対期成同盟の委員長であった故人の、「私たちには他に行き場がないのです」と仰った、悲痛な声が聞こえてくるようです。


 

↑ 川原湯温泉トンネルと並行して掘られた、JR東日本吾妻線のトンネル出口 ↓

 

 

新しい神社は、今年1月には完成の予定でしたが、工事が遅れています。
当初は3月に遷座式を行うことになっていましたが、新神社の本殿が未完成のため、3月13日に仮の遷座式が行われました。

防災工事はいつになったら終わるのかわかりませんが、4月8日の春祭りは新神社で行われるそうです。
 
地元紙が夜間に行われた仮遷座式の様子を伝えています。 
 

工事中の新川原湯温泉駅