シギラベイサイドスイートアマランダ本館
ビーフカレー
咖哩は、多種類の香辛料を併用して食材に味付けするというインド料理の特徴的な調理法を用いた料理に対する英語名。



 

転じて、それを元にしたヨーロッパ系の料理や、同様に多種の香辛料を併用して味付けされる東南アジアなどの料理も指す。

インド系、東南アジア系、洋食系のいずれも、国際的に人気のある料理のひとつとなり、世界中でカレー文化が根付いている。

カレーは世界に広く浸透している料理であるが、その定義には揺れがあり、しばしば議論の対象となる。


 

小学館『日本国語大辞典』、ブリタニカ『ブリタニカ国際大百科事典』、講談社『世界の料理がわかる辞典』などではカレー粉やカレーライスの略語としての紹介の他、複数の粉末香辛料を混合させて作ったソースを用いた料理全般を指すとしている。


 

コリーン・テイラーセンは『カレーの歴史』の中で狭義の意味として「スパイスを効かせた肉、魚、または野菜の煮込み料理で、ライス、パン、コーンミールなどの炭水化物が添えられた食べ物」とし、広義の意味で「汁気のあるなしに関わらずカレー粉で味付けしたすべての料理」と定義している。

タミル語のカリ(kari、スープの具の意味)またはカリル(karil、スパイスで味付けされた野菜や肉の炒め物)が語源とされる。


その他、ボンベイの唐辛子の入った料理を好んで食していたカレーという名のスコットランド人にちなんでつけられた説や、賭博で財産を失ったアイルランド人が馬を売って家族に食べさせた「競馬場の飯」(カリーチ・ゴーシュト)というアイルランド語が転訛したという説などもある。

インド人はそもそも「カレー」という言葉を使用しておらず、それぞれのカレー料理には個別の名称が用いられていたが、17世紀初頭ごろよりポルトガルなどの欧州圏においてカレーという言葉の記述が見られるようになり、広く世界に普及した。


 

日本
日本にカレーが伝えられたのは1868年で、イギリスの商船が既成のカレー粉を持ち込んだのが始まりとされている。

その後1872年には仮名垣魯文によって編纂された『西洋料理通』が出版され、カレーレシピが紹介されることで広く浸透した。

定着の理由としては時代背景として肉食の奨励とともに西洋文化の取り込み・吸収に貪欲であったことに加え、野菜、肉、米をまとめて摂取可能な上に安上がりで食べ応えがあったことが挙げられている。



 

イギリスから伝わったものに小麦粉を加えたとろみのあるカレーを米飯(ライス)の上に掛けて食する「カレーライス」が普及しており、それぞれの地域や家庭、店舗等によって様々にアレンジされたカレーが存在する。

スープ状のカレーや、カレー味のスープはスープカレーと呼ばれ、ハウス食品のレシピの例では、使用される具材は固形カレーの素、タマネギ、ロースハム、キャベツ、サラダ油、水、塩、胡椒である。


 

グリーンカレーの名で販売する店舗もあり、インドの地方やタイのカレーは同様のカレーと呼ぶがスープ状の物であり、スープ状である事からカレースープと呼ぶ人もいる。

「カレー」と称しているがスープの店もある。日清食品からカップのグリーンカレーのスープも販売されている。地元産素材を使う地域の町おこしとして売り出される例もみられる。

そのほかにも、日本独自のカレー料理(食品)は多く、カレー南蛮(カレー味の汁をかけたかけそば)などの麺類、ドライカレー、カレーまん、カレーパン、カレーコロッケなどがある。カレー味に調味したスナック菓子も多い。

グリーンカレーの名で販売する店舗もあり、インドの地方やタイのカレーは同様のカレーと呼ぶがスープ状の物であり、スープ状である事からカレースープと呼ぶ人もいる。「カレー」と称しているがスープの店もある。

日清食品からカップのグリーンカレーのスープも販売されている。地元産素材を使う地域の町おこしとして売り出される例もみられる。

そのほかにも、日本独自のカレー料理(食品)は多く、カレー南蛮(カレー味の汁をかけたかけそば)などの麺類、ドライカレー、カレーまん、カレーパン、カレーコロッケなどがある。カレー味に調味したスナック菓子も多い。


 

インド
インド料理は香辛料を多用するため、外国人の多くはインド料理の煮込み料理を「カレー」と認識している。
しかし外国人がカレーと呼ぶインドの煮込み料理は、サーグ、サンバール、コルマ、ダールなど、それぞれに固有の名称があり、「カレー」という料理はない。


 

ただし、インドの観光客向けのレストランやインド国外のインド料理店では便宜上、メニューに「○○カレー」という表記をしていることも多い。これは、旧宗主国のイギリス人がインド料理をカレーと総称して世界に伝えたことがおもな理由である。

インド固有の言語には「カレー」という言葉はない。ただしドラヴィダ語族には野菜・肉・食事・おかずなどを意味する「カリ」(タミル語 kari)という言葉があり、それが英語で「curry」と表記されるようになったと言われている。


 

タイ
タイにはタイ語でゲーンと呼ばれるスープ状の食品がある。タイの宮廷で発祥した料理で、インドのカレー料理との直接の関連性はない。しかしながら、複数の香辛料を用いるというカレーとの類似性から、タイカレー(英:Thai curry)と呼ばれる。


 

水分が多く香辛料を使用したタイ料理である。生の香辛料を使用する事が多く、唐辛子、ニンニク、エシャロット、ハーブ類(ショウガ類、レモングラス、コブミカンの葉、コリアンダーなど)をすりつぶして作った「ゲーン・クルーン」を炒め、海老や鶏肉、野菜などを水やココナッツミルクで煮込みナンプラー(魚醤)で味をつけた香り高い料理である。


 

使用するゲーン・クルーンの素材や煮込む素材によって辛さや色、香り、味が異なる。代表的なものにレッドカレー、グリーンカレー、イエローカレーがある。

炊いた香り米にかけて食べるが、ロティと共に食べる事もある。英語で「Yellow curry」と呼ばれるゲーンは「ゲーン・ガリー」という。


 

上記の通り、インドのカレーと直接の関係は無いものの、現在ではカレー粉を用いたゲーンのレシピも存在する。この場合のカレー粉は、ポン・カリーと呼ばれ、プー・パッ・ポン・カリー(カニのカレー粉炒め)などに用いられる。

また、タイでカレーと呼ばれているのは日本から入ってきた日本風のカレーライスである。現地では一般的な食べ物になっており、日本人観光客がタイの食堂でタイカレーを注文するつもりで「カレー」を注文し、トラブルになった例もあるという。



 

ミャンマー
ビルマ料理で一般的な副菜として食べられる、油を多用した煮込み料理「ヒン」のことを、日本では「ビルマカレー」「ミャンマーカレー」等と呼ぶことがある。



 

ベトナム
ベトナム料理のカレーはベトナム語でカリーと呼ばれ、カレー粉、トゥオン・カリーというカレーペースト、唐辛子、レモングラス、ココナッツミルク、トマトピューレで食材を煮込んで作り、麺、米飯あるいはフランスパンと一緒に食べる。

 

ミャンマーのヒンと同じく油分が多く、タイのゲーンと同じく塩味は魚醤(ヌクマム)でつける。ジャガイモあるいはサツマイモ、タマネギ、ニンジンが入る点は日本のカレーと似ている。

ナスや豆腐などを使った精進カレー(カリー・チャイ)や鶏肉のカリー・ガー、カエルを使ったエクナウ・カリーがある。

 


 

イギリス
イギリス人の船乗りは航海中にシチューを食したかったが、当時は牛乳が長持ちしないとの理由で諦めるしかなかった。

これが発端となり、牛乳のかわりに日持ちのするカレーの香辛料を使って、シチューと同様の食材で作った料理をイギリス人の船乗りが考案しており、これがイギリス的なカレーの由来のひとつとされる。

 

正確な伝来年がいつかは判然としないが、1747年にイギリスで発行された『明快簡易料理法』なる料理書には、ターメリック・生姜・胡椒を用いた「カレーのインド式調理法」が掲載されており、これが2017年現在で最古の英語によるカレーを扱った文献である。

1772年、インド総督のウォーレン・ヘースティングズによって、イギリスに植民地インドの「カレー」料理が紹介され、評判となった。こ

 

の時紹介されたのは、インディカ米にターメリックで着色した野菜と肉のスープをかけた料理「マリガトーニスープ」である。


 

しかしイギリス人がインド人のように、多種多様な香辛料を使いこなすことは至難の業だった。そこでイギリスのC&B社は、スパイスをあらかじめ調合したものを「カレー粉」として商品化し、「C&Bカレーパウダー」という名称で売り出した。

これによりカレーは英国の家庭料理として普及した。1810年にオックスフォード英語辞典に「カレーパウダー」の語が登場している。

 

なお、ソースを重んじるフランス料理の影響から、小麦粉のルウでカレーにとろみを出す料理法が編み出されたといわれる。



 

イギリス発祥のチキンティッカマサラ
インドのカレーは野菜や豆など様々な食材を具にするが、イギリスのカレーの中には具として牛肉のみのケースがあった。

 

これはイギリスの中流以上の家庭で、日曜日に大きなローストビーフを焼く習慣(サンデーロースト)があったためである。

 

その残り肉を一週間かけて食べるのであるが、残り肉の調理法のひとつとしてカリー・ライスがあった。サンデーローストの習慣が失われた現在では、家庭料理としてのカレーはほぼ廃れた状態である。

しかし今でもパブや学生食堂のメニュー、冷凍食品として、一定のニーズがある。

第二次世界大戦後、旧植民地の南アジア地域のインドとパキスタンが独立し、イギリスは両国からの移民を大量に受け入れ、南アジア系移民の共同体とインド料理店が多数生まれた。

ここで生まれたチキンティッカマサラは、インド料理の チキンティッカをカレーソースで煮込んだものである。

 

ローストビーフの残り肉を煮込んだイギリス式のカレーを、インド料理が逆に取り入れたものであり、いまではイギリスで人気である。



 

バルチもイギリス発祥のカレー料理である。こうした環境が、イギリスで家庭料理としてのカレーが廃れた理由のひとつといえる。

イギリスには、バーミンガムのインド料理レストラン発祥のファル(またはファール)と呼ばれるカレーがあり、ハバネロやスコッチ・ボネットをベースに作られ、国内では超激辛カレーとして知られている。




フランス
植民地インドの料理法に、フランス料理特有のソースを導入したイギリスの手法は本家フランスにもわたり、カレーライスやドライカレーに似た「リ・ゾ・カリー、もしくはリ・ゾ・キュリという料理が生み出された。

また19世紀のパリにおいては、インド皇帝も兼ねたイギリス王にちなみ、エドワード7世風と呼ばれるカレー風味の料理が多く登場した。

さらに、19世紀の薬剤師ゴスは「カリ・ゴス」と名づけられた混合調味料を開発、フランス各地のレストランに提供した。

全盛期の1930年代にはベルギーやモロッコにも輸出されたが、第二次世界大戦中に工場のあるブルターニュは焦土と化し、今はごく小規模な工場から薬局を通じ、各レストランに送られるのみである。

 

現代のフランス人は辛さが苦手で、フランス風の「キュリ」は辛さよりスパイスの風味を活かしたものが多いと云われるが、南仏ではこの「カリ・ゴス」が地元の味として今も活用されている。




韓国
韓国のカレーは、戦前に日本のカレーが枝分かれして、古い作り方のまま、現在まで伝えられたものである。

即ち、実質は、具材入りスープに、カレー粉を入れ、小麦粉やデンプンでトロミをつけた、トロミ付きカレースープである。

韓国に日本のカレーが入って来たのは、日韓併合時代の最中である1925年(大正14年)とされる。

1963年9月、韓国初の即席カレーである「スターカレー粉」が誕生する。

1968年、朝興化学の食品事業部(現在のオットギ)が、カレー粉を販売し、1980年代には、オットギがレトルトカレーを発売する。

韓国では、オットギが国内のカレー市場を独占しており、そのオットギのカレーが(ウコン=ターメリックにより)黄色いため、韓国では、黄色い出汁の薄い水っぽいアッサリとした油脂っこくないカレーが主流である。

また、レトルトカレーの影響で、全ての具材を数cm角の立方体に切り揃えるのが普通である。

韓国でのカレーの食べ方としては、ビビンパなど他のご飯ものでも見られる光景として、食べる前に、皿の上のカレーとご飯を入念にかき混ぜ、味を均一にするのが、一般的である。

カレーの付け合わせも異なり、日本では福神漬けやラッキョウだが、韓国では当然のようにキムチが付いてくる。ピクルスやタクワンが出ることも多い。

日本のカレーも、戦前は黄色かったが、戦後(1960年代くらいから)に茶色く変化している。

これは日本のカレールーに、タマネギや小麦粉やスパイスを、メイラード反応により、茶色くかつ香ばしくなるまで、よく炒めて作った、ブラウンソースが加えられるように、改良されたためである。

また、油脂類や出汁も加えられてコッテリと濃厚な味わいとなっている。

この戦後日本における、アッサリからコッテリという変化(進化)は、ラーメンでも起こった現象である。

近年では、韓国でも、現代日本式の茶色いカレーが、若い世代に受け入れられつつある。