野島埼灯台
千葉県南房総市の野島崎に立つ日本の洋式灯台。南房総国定公園内に位置する。白亜の八角形をした大型灯台は江戸条約灯台の一つで、日本の灯台50選に選定され、国の登録有形文化財に登録されている。

 

歴史
1866年(慶応2年)5月:アメリカ、イギリス、フランス、オランダの4ヶ国と結んだ「改税条約」(別名・江戸条約)によって建設することを約束した8ヶ所の灯台(観音埼、野島埼、樫野埼、神子元島、剱埼、伊王島、佐多岬、潮岬)の一つ。なお、これらを条約灯台とも呼ぶ。


1869年2月20日(旧暦:明治2年1月10日):仮灯を点灯。

1870年1月22日(旧暦:明治2年12月21日):観音埼灯台に続いて、日本の洋式灯台では2番目に初点灯した。

野島崎は東京湾に出入りする船舶に とっては、昔からの重要ポイントだったので、他に先立って建設された。


 

F・L・ヴェルニーを首長とするフランス人技師たちの設計によって建設された当初は、白色八角形の煉瓦造灯台で、基礎から灯火までが30メートルの高さ、フランス製の第1等フレネル式レンズを使用した第1等灯台で、石油灯器の6,500カンデラ(cd)だった。

 

1903年(明治36年)6月10日:爆発霧警号設置。
1909年(明治42年)3月27日:灯質、燭光数変更。


1923年(大正12年)
9月1日:関東大震災により地上6メートルの所で折れて、大音響と共に倒壊。
10月1日:仮灯点灯。

1924年(大正13年)
1月27日:木造の仮設灯台にて点灯。
12月5日:復旧工事のため仮設灯台移転に伴い消灯。
12月15日:仮設灯台移転完了し点灯。



1925年(大正14年)8月15日:現在の白色塔形(八角形)コンクリート造で再建される。

1932年(昭和7年)2月11日:無線方位信号所業務開始(無線標識)。

1933年(昭和8年)9月15日:無線方位信号所において無線羅針局業務開始。


 

↑ 睡眠中  窓越しの撮影でストロボのハレーション ↓

 

 

1945年(昭和20年):太平洋戦争の攻撃で大きな被害を受ける。
8月25日:仮灯点灯。



 

1946年(昭和21年)11月12日:完全復旧する。

1947年(昭和22年)11月25日:灯質、光力変更。


 

1951年(昭和26年)5月15日:船舶気象通報放送開始、偶数時の25分から27分まで

2006年(平成18年)8月2日:無線方位信号所(中波帯)廃止。


 

2009年(平成21年)4月10日:無線方位信号所廃止。
2016年(平成28年)9月30日:船舶気象通報施設を廃止。

 

 

↑ 日の出 ↓

 

 

 

↑ 陽光(太陽の光線、光。さし込む明かり) ↓

 

 

 

↑ コンテナ船 ↓

 


コンテナ船
国際規格の海上コンテナに貨物を収納して運ぶ船です。路線バスの様にあらかじめルートとスケジュールを設定して、定期的に決まった港に寄港します。

 

 

また、コンテナ化された貨物はトラックや鉄道への積み替えが容易なため、荷役の迅速化とともに海陸一貫によるドアツードアの輸送を実現しています。
 

 

構造・特徴 
荷役設備のあるコンテナターミナルに寄港するため、一般的に船にはクレーンなどの荷役設備を装備していません。
 

 

また、安定した寄港スケジュールを維持するために、他の船種より高速航行が可能です。

 

 

商船三井が1968年に初めて就航させたコンテナ船「あめりか丸」は700TEU型でした。1970年以降、国際海上コンテナ輸送は大きく発展し、それにともないコンテナ船も一気に大型化しました。
 

 

↑ 東京湾に向かうコンテナ船 ↓

 

 

1970年代には2000TEU、80年代後半には4000TEU、2000年代に入ると全長300メートルを超える10000TEUクラスも竣工しました。その後も船型の大型化は進み、18000TEUクラスも竣工しています。
 

 

 

ムクドリ(椋鳥 白頭翁)
スズメ目ムクドリ科の鳥類の1種。

形態
全長24cm ほどで[、およそスズメとハトの中間ぐらいの大きさである。

 

 

尾羽を加えるとヒヨドリより一回り小さい。翼と胸、頸は茶褐色で、頸から頭部にかけてと腰に白い部分が混じり、足および嘴は黄色い。

雄は胸や腹・背が黒っぽく、雌は褐色に近い。
 

 

分布
東アジア(中国、モンゴル、ロシア東南部、朝鮮半島、日本)に分布する。

日本国内ではほぼ全域に分布する留鳥で、北部のものは冬には南部に移動するようである。

 

低地の平野や低山地にかけて広く生息し、都市部などの人家付近や田畑などでもよく見られる。