↑ 肉豆腐 ↓
↑ 北京五輪中継 ↓
冬の北京オリンピックの開会式が4日行われました。
今回の開会式はアメリカなどが新疆ウイグル自治区などでの人権侵害を理由に政府関係者を派遣しない「外交的ボイコット」を行う中での開催となりました。
この日は、フィギュアスケート団体女子フリーが中継されていました。
カツカレー
カレーライスと豚カツを組み合わせた日本の料理。
カレーライスにトッピングをした最初の例である。豚カツではなく、牛カツ、チキンカツ・メンチカツ・ハムカツなどなどが用いられる場合もある
カツカレーの歴史
東京都中央区銀座の洋食店「グリルスイス」で1948年(昭和23年)に考案されたと言われている。
↑ 純米酒 熱燗酒 ↓
同店の常連客だったプロ野球選手の千葉茂(読売ジャイアンツ所属)が「別々に食べるのは面倒だから」と注文したことがきっかけで、グリルスイスとその系列店では現在も「元祖カツカレー」と「千葉さんのカツレツカレー」というメニューを出している。
千葉茂の逸話とは別に東京市浅草区浅草(現・台東区浅草)の洋食屋台「河金」が豚カツを載せた丼飯にカレーを掛けて「河金丼」と称して1918年(大正7年)に提供したとも言われる。
栄養
高脂肪・高カロリー食品であり胃腸にかかる負担が大きく、カツの衣に使うパン粉も炭水化物であるため、高糖質でもある。
例として、カレー専門店チェーンの壱番屋の場合、ポークカレーのエネルギー748 kcal に対し、手仕込とんかつカレーのエネルギーは1,316 kcal となっている(いずれもライス量300 g の数値)。
糖尿病対策においては、避けるべきメニューとして挙げられることが多い。
↑ 福神漬け ↓
非発酵型の漬物の一種で、ダイコン、ナス、ナタマメ(鉈豆)、レンコン、キュウリ、シソの実、シイタケまたは白ゴマなどの7種の下漬けした野菜類を塩抜きして細かく刻み、醤油と砂糖やみりんで作った調味液で漬けたもの。
「ふくじんづけ」と呼ばれる場合が多いが、「ふくしんづけ」と呼ぶ地方もある。
ゲン担ぎ
カツ丼と同様、「試験に勝つ(合格する)」「試合で勝つ」などのゲンを担ぐ意味で食べられることが多い。
公営競技関係の施設では、ギャンブルで「勝つ」という験担ぎと洒落を込め、場内の食堂などでカツカレーを「勝カレー」と称することもある。
ただし、試合や試験などの前においては、体調を整えるために野菜が多い食事をするほうが良いとされる。
カレーライスとライスカレー
カレーライスは、「ライスカレー」と呼ばれる事もある。
2つはどう違うのか、また「カレーライス」との名称が主流となっていった理由については諸説があり定かではない。
両者は元来異なるものを指すとみる説
米飯とカレーソースが別々に、あるいは横長の深皿で左右に寄せて出されるハイカライメージのものがカレーライス、ご飯の上にカレーをかけた大衆的なものがライスカレー。
↑ スプーンで食べるかお箸で食べるか ↓
和風のだしを用いたものがライスカレー、洋風のスープを用いたものがカレーライス。
黄色みの強いものがライスカレー、茶色っぽいものがカレーライス。
とろみの強いものがライスカレー、さらっとしたものがカレーライス(逆の意見もある)。
「ライスが多けりゃライスカレー、カレーが多けりゃカレーライス」(「ククレカレー」発売当時テレビで流されていたCMのコピー)。
「高粘度のカレーソース」「福神漬とラッキョウが添えられている」「水の入ったコップにスプーンが入っている」「ニンジンとジャガイモは大きめ、グリーンピースが三つ」「冷えるとカレーソースに膜が張る」と「ライスカレーを定義している」(テレビドラマ『ライスカレー』)
両者はもとより同じものを指すとみる説
コメを主食とする日本人の感覚から「ライス」を強調する意味で前に出したものである。
両者はもとより同じものを指すとみる説
コメを主食とする日本人の感覚から「ライス」を強調する意味で前に出したものである。
両者はもとより同じものを指すとみる説
コメを主食とする日本人の感覚から「ライス」を強調する意味で前に出したものである。
戦前の軍隊の場合、陸軍において明治期編纂(明治43年制定)の『軍隊料理法』では「カレー、ライス」と、昭和期編纂の『軍隊調理法』では「ライスカレー(「備考 イ、温き御飯を皿に盛りて其の上よりかくればライスカレーとなる。」)、海軍において『海軍割烹術参考書』では「カレイライス」と称されていた。
昭和期の一般市民の間では出身者が圧倒的に多い陸軍式の「ライスカレー」という名称が優勢であった。
同じデパートの中で、別の食堂がライスカレーとカレーライスをメニューに載せていた例も存在した。
『阪急百貨店二十五年史』によれば、1959年(昭和34年)のメニューにおいて、大食堂のライスカレーが70円、グリルではカレーライスが100円で供されている。
敗戦後の高度経済成長期を迎えると共にカレーライスという呼び名が台頭してきた。高度成長期の昭和30年代以降に家庭用の固形ルウが市販されるようになった頃から、広告宣伝やマスコミなどの影響により「カレーライス」という名称が浸透していったと推定される。
時期的には1964年東京オリンピック開催の前辺りから「カレーライス」呼称が優勢になったとされる。
外食
カレーライスは外食店の定番メニューともなっている。京王電鉄沿線では、JRにおける立ち食い蕎麦店の位置をカレーライス専門店のカレーショップC&Cが占めているほどである。
チェーン店は、カレーハウスCoCo壱番屋やカレーの王様など多数あり、ゴーゴーカレーなどは松井秀喜選手との関係で海外でニュースになることもある。
2013年(平成25年)には、「カレーハウスCoCo壱番屋」が「世界で最も大きいカレーレストランのチェーン店」として、ギネス世界記録に認定されている。
ご当地カレー
1990年代後半頃から町おこしを目的として、日本の各地方の特産物を使用したカレーが続々と発売されており、それらは「ご当地カレー」と呼ばれる。
カレーは比較的安価で馴染みやすく、地元の特産品のアピールにも観光名所のアピールにも使えるため、地域PRの素材として全国各地に普及している。地名を入れて名づけた製品も多い。
カレーは比較的安価で馴染みやすく、地元の特産品のアピールにも観光名所のアピールにも使えるため、地域PRの素材として全国各地に普及している。地名を入れて名づけた製品も多い。
行事
日比谷公園にある松本楼が「10円カレーチャリティ」と銘打って、毎年9月25日にチャリティーとして10円のカレーライスを供している。
1971年(昭和46年)11月19日、いわゆる「日比谷暴動闘争」で中核派の投げた火炎瓶によって全焼したが、これを1973年(昭和48年)9月25日に再建したことに対する記念行事である。「10円カレー」は秋の季語にもなっている。
イギリスでの展開
イギリスでは、日本・アジア食チェーンレストランの「Wagamama」と日本食のテイクアウトチェーン店である「Wasabi」で出されていたカツカレーが火付け役となり、ブームが発生した。
Katsu curryという名称で広く知られており、スーパーマーケットの総菜コーナーで売られるのが一般的になっている。
近年では日本食以外のレストランやマクドナルドでも販売されたことがある。
しかしながらしばしば、インドカレーと比較した日本風味のカレーとしての意味合いで呼ばれており、実際には豚カツが入っていないことも多いことから、在英邦人によりその間違いを指摘する「カツカレーポリス」という活動が発生した。
イギリスでは豚肉禁止のイスラム教徒や鶏肉好きなカリブ系移民も多いことからチキンカツが入っていることも多い。
カツカレーポリスについてプレジデント・オンラインの記者は「日本でも、海外では通じない鼻つまみな和製英語はたくさん使われていることだろうし、ここは一つ、イギリスで横行するカツ無しのカツカレーくらい許してやってほしいというのが正直なところ」と述べている。
カレーライス
カレーを米飯にかけて食べる料理。日本独自の進化を遂げたオリジナルスタイルのカレーライスも数多く存在する。
インド料理を元にイギリスで生まれ、日本には明治時代にイギリスから伝わり、日本で独自に変化した料理である。
イギリスでは「curry and rice(カリーアンドライス)」のほか、「Curried rice(カリードライス)」とも呼ばれる。
日本語では省略して「カレー」と呼ばれることが多く、ラーメンと並んで『日本人の国民食』と呼ばれるほど人気がある料理である。小中学校の給食メニューの人気アンケートでもつねに上位に挙げられている。
インドのカレーよりとろみが強くなっているのは、インドからイギリスに伝わった際に、シチューと同様に小麦粉によってとろみをつけるようにレシピが変化したため。
また、ソースを重視するフランス料理の手法を取り入れたからという説もあり、イギリスのクロス・アンド・ブラックウェル社により生産されたカレー粉がフランスに渡り、フランス料理のカリー・オ・リ (curry au riz) の名の西洋料理になったともいわれている。
日本で初めて「カレー」という料理の名を紹介したとされる書物は福沢諭吉の『増訂華英通語』(1860年、万延元年)で、「Curry コルリ」という表記があり、これが始まりであると言われている。
カレーライスの調理法を初めて記載したのは、1872年(明治5年)に出版された敬学堂主人『西洋料理指南』である。
食材として「ネギ・ショウガ・ニンニク・バター・エビ・タイ・カキ・鶏・アカガエル・小麦粉・カレー粉」を挙げている。
同書はインドのチャツネも掲載しているが、カレーとは結び付けられていない[14]。また、同年に出版された仮名垣魯文『西洋料理通』では、食材として「牛肉・鶏肉・ネギ・リンゴ・小麦粉・ユズ・カレー粉」を挙げている。
小菅桂子は、材料に蛙肉が入っているところから、フランス料理の要素が取り入れられたと想像している。
しかし蛙肉を使ったレシピはあまり普及せず、ネギ(長ネギ)も大正時代にはほぼタマネギに置き替わった。
カレーの具として普及しているジャガイモ・ニンジン・タマネギは、明治のはじめにはまだ珍しい「西洋野菜」であったが、開拓地の北海道を中心に徐々に生産が広がった。














































