↑ 展望台から見る池間大橋 ↓
↑ 吹く風が心地よい ↓
↑ お浜 ↓
お浜
池間大橋のすぐ近くにある白い砂のビーチです。
島の北西部にあるビーチには、「ハート岩」があり、干潮時にしか見る事ができないので見る事ができると幸せになれると言われています。

池間島のお浜は、池間大橋のたもとにある白砂のビーチです。
橋を渡って土産物屋が並ぶ一角にある自動販売機の横にある階段から降りてビーチに行く事ができます。白砂とコバルトブルーの碧い海が広がっている絶景のビーチです。

かなり遠浅なので、泳ぐのは不向きですが、ビーチを散策し、貝殻などを探したりするのがおすすめです。
お浜のビーチからは左手に神が宿ると言われる大神島、正面に世渡崎を眺望する事ができ、池間大橋を一望できるビュースポットで、満足度の高い絶景を満喫できます。

池間大橋と碧い海のコントラストは、絶景の撮影スポットで、インスタ映えする写真を撮る事ができます。干潮時と満潮時では、約2mも海の深さが違うので、表情の違う景色を楽しめます。
山羊
海カフェLoophole(ループホール)の看板ヤギふくちゃん。

沖縄では昔、天候不良や不作で食糧が手に入らないときの大事な食糧として重宝されてきたヤギ。
今でも沖縄では庭で一頭飼っている家が多く、お祭りや祝い事があると、まるまる一頭つぶし、家族でヤギ料理を食べる風習があります。沖縄の生活の中でヤギは身近な存在なのです。
沖縄では、お祝いごとがあると、ヤギを一頭つぶして家族で食べるという風習があります。少し前だと、学校の運動会の景品にもなったりしています。

↑ 写真奥から、海美来展望台 ブレキャストブロック 眞栄城徳松像 ↓

眞栄城 徳松(まえしろ・とくまつ)
2014年5月20日、池間島大橋実現に大きな功績を残した故真栄城徳松氏(1911~1989年、 第7代旧平良市長)の銅像除幕式が19日午後、 池間島橋詰広場で行われた。

同建立期成会 (会長・下地義治宮古島商工会議所会頭) をはじめ多くの関係者が参加し、 完成を祝いながら 「この功績を後世に伝えていこう」 などと誓い合った。

真栄城氏は1963 (昭和38) 年に旧平良市長に就任後、 池間大橋建設構想を掲げ、 実現に貢献した。

その功績をたたえ、 大橋の恩恵を受けている池間住民から 「後世にその偉業を伝えたい」 と、 銅像建立の機運が高まっていた。
銅像は高さ190センチ。台座が御影石、 銅像が真鍮で出来ている。

午後3時から行われた除幕式では、 下地会長が 「池間大橋のあとに来間大橋が架かり、 間もなく伊良部大橋が完成するというタイミングで建立できたことは意義深い。

今後も切磋琢磨し、 島の振興発展のために頑張ろう」 と力強くあいさつ。 下地敏彦市長は 「池間大橋で離島の離島苦が解消され豊かになっている。 真栄城氏の功績をたたえながら建立を祝おう」 と呼びかけた。

下地会長や下地市長、 真栄城徳彦市議会議長、 豊見山健児宮古島観光協会長、 親族代表の中元蓮音君 (下地小3年)、 波平三郎池間自治会長が除幕を行った。宮古毎日新聞から。

池間島
宮古島の北西1.5kmに位置し、沖縄県宮古島市平良池間に属する島である。

馬蹄型をした面積2.83km2、周囲10.1kmの島で、567人、359世帯(住民基本台帳、2019年1月1日時点)が居住している。

1873年(明治6年)人口が1,800人を超えたこともあった。南方には宮古島北西端の西平安名岬を望む。

北岸に1940年(昭和15年)初点灯の池間島灯台(灯火標高41m、光達距離18海里)がある。

島周辺には「干瀬(ビジ)」と呼ばれるサンゴ礁群が散在している。特に北から北東にかけての約5-15km沖には、八重干瀬と呼ばれる巨大な干瀬があり、ダイビングスポットとしても有名である。

↑ 左右の通行車両安全確認 ↓
↑ 池間大橋初横断 ↓
島の内部には池間湿原があり、キシノウエトカゲなどの稀少な生物が棲息している他、渡り鳥の飛来地としても重要である。

2011年(平成23年)11月1日に島全域が国の池間鳥獣保護区に指定されている。














