終楽章
finaleは、イタリア語に起源を持つ「最後」という意味の単語である。特に芸術・アートの分野において、最後の部分のことをフィナーレと呼ぶ。


一般名詞としての用法
演劇やミュージカル、ライブ等において、終了間際の部分のことを指す。


交響曲などの多楽章の楽曲において、最後の楽章のことを指す。日本語では「終楽章」または「終曲」と訳される。


テレビ番組やコンピュータゲームにおいても、最終部分についてフィナーレと呼ぶ場合もある。後者では、ボスキャラクターが登場する部分をさす場合が多い。クライマックス。
イタリアのサッカー界では、決勝を意味する。


ミュージカル
音楽、歌、台詞およびダンスを結合させた演劇形式。


ユーモア、ペーソス、愛、怒りといったさまざまな感情的要素と物語を組み合わせ、全体として言葉、音楽、動き、その他エンターテイメントの各種技術を統合したものである。


ミュージカル・シアター(演劇)の略語で、ミュージカル・プレイ、ミュージカル・コメディ、ミュージカル・レビューの総称である。



ミュージカルは、通常の演劇(ストレートプレイ)の中に演出として劇中歌が入っているものとは異なる。


トレヴァー・ナンは「歌詞の言葉は誇張されている。だが、単純な朗唱か歌唱では、単純でつまらなくなる〜パフォーマーは歌詞やメロディを自分たちが創造していると感じるところまで行き着くべきだ」と言っているように、単純に歌、台詞、踊りが含まれているだけの劇をミュージカルとは呼ばない。


芝居、歌、ダンスがそれぞれ独立したものでなく、一体となって劇的効果を高めているのがミュージカルの特徴である。


ミュージカルは、全編を通じて一貫したストーリーが進行するブックミュージカルと、ストーリーがないブックレスミュージカル(またはコンセプトミュージカル)に大別できる。


通常ミュージカルと言えば、ブック・ミュージカルを指すことが多い。ブック・ミュージカルの代表作として、『マイ・フェア・レディ』『サウンド・オブ・ミュージック』『オペラ座の怪人』などが挙げられる。


また、ブックレス・ミュージカルの代表例としては『CATS』や『コーラスライン』などがある。


ミュージカルは、映画、テレビ、テーマパークにおけるアトラクションなど舞台以外のメディア上でも展開されることが大きな特徴のひとつである。


比較的新しい演劇形式であるため、その方向性やスタイル、音楽においては、定まった形式が決まっておらず、聾唖者の手話やパペットを取り入れるなど、前衛的な試みが常に行われている。

 

 

また、ミュージカルという演劇形式そのものに自己言及する傾向があるのも大きな特徴である。いわゆるバックステージものと呼ばれる作品がミュージカルには多い。

 



ミュージカルは上演形式としては一幕または二幕からなる場合が多い。
ダンス・歌唱・楽曲の各要素の比率や構成には特に定まった形式はなく、レビューのように踊り中心のものから、ストレート・プレイに近いものまで、さまざまな形式の作品がある。


台詞や歌のないダンスのみで構成された作品や、サーカスのようなほかの作品との融合、シェイクスピアなどの古典劇のミュージカル化など、さまざまな形式のミュージカルがある。


 



舞台で上演するほかに、映画としても数多くのミュージカル作品がある。たとえば『サウンド・オブ・ミュージック』『南太平洋』『踊る大紐育』が代表的な例であり、主としてメトロ・ゴールドウィン・メイヤー・スタジオが製作を手がけた。


ミュージカルの歴史
ミュージカルの形成は、以下のような流れを経ている。


パリで演じられていたオペラ・コミックを発端に、『地獄のオルフェ』(天国と地獄)を作曲したジャック・オッフェンバックに影響を受けたヨハン・シュトラウス2世がウィーンでオペレッタ(ウィンナ・オペレッタ)を発展させた。


それがベルリンオペレッタで近代化し、さらにハーバート、フリムル、ロンバーグらがアメリカ合衆国に持ち込んでニューオーリンズで行われていたショーとなり、ミュージカルが誕生したと言われる。


第1次世界大戦後のオペレッタ作品とミュージカルを厳密に峻別することは困難だが、前者の、オペラ発声の歌手、クラシック編成の管弦楽団、バレエダンサーによる舞踊、ドイツ語歌詞といった要素が、後者の、地声による自由な歌唱と一体化したダンス(歌手とダンスを分担しない)、打楽器を多用した自由なバンド編成、英語歌詞といった形へと置き換えられていった。

 


ベルリンオペレッタやロンバーグのミュージカルなど、過渡的な形態のものも少なくないし、現代でもドイツ語ミュージカルの制作は盛んであり、両者の区分は常に流動的である。


また、ブダペスト・オペレッタ劇場のように、地声発声でクラシックのオペレッタを上演する団体も存在する。


オペラとミュージカルの両方を書いているレナード・バーンスタインは、歌によってドラマが進行するのがオペラで、ドラマの結果としての感情を歌に託するのがミュージカルと定義しているが、これもひとつの説にすぎない。


音楽の比重が高いのがオペラ、オペレッタという区分も微妙である。さすがにオペラやオペレッタでセリフが過半というものはなく多くて3割程度であるが、ミュージカルは数曲程度しか歌がないものから全編が歌でセリフなしというものまでかなり幅広い。


日本
日本では、ミュージカル公演は劇団四季、宝塚歌劇団、Youth Theatre Japan(YTJ)、ふるさときゃらばん、音楽座ミュージカル、ミュージカルカンパニー イッツフォーリーズなどに代表される劇団形式と東宝、梅田芸術劇場、ホリプロなどの製作会社によるプロデュース方式が混在している。

 

また、製作のほとんどが東京を中心とする首都圏か大阪を中心とする関西圏(宝塚歌劇団など)で行われている。

 

劇場の契約は週単位、もしくは月単位の場合が多いため、毎月演目が変わるレパートリー上演が主であり、専用劇場を持つ劇団四季以外はロングラン上演方式を採用していない。

 

どんなに大ヒットしても1か月でクローズするため、1か月分以上の収益を見込めず、出来のいい作品が高い収益を継続的に生み出すことが難しい形態となっている。

また、上演し続けることで手直しを加えながら完成度を高めていくことも難しいため、自然と事前に集客力を見込める、知名度の高い既存のスターを中心とした座長芝居やブロードウエイやウェストエンド作品になりがちで、個人客よりも安定した動員を見込める団体客による集客も営業上重要になる。




国際的に使用されている英語であればネイティブでない外国人も理解できることから米国・英国ではロングランを行いやすいが、日本語は国際用語でないためロングラン公演を可能とするだけの集客力がない。

さらに日本の観劇人口が少ないこともロングランを難しくしている。近年の海外ミュージカルは歌唱部分が多く、日本の興行が昼夜2回公演(海外は週8回公演で主に夜公演が中心)で俳優の声帯を守るために、日本では1つの役にダブルキャスト・トリプルキャストでさまざまな役者で複数のパターンで見られるメリットがある反面、俳優人件費と衣装もダブル・トリプル必要で入場料に跳ね返っているために、少ない観劇人口を入り口で締め出していて、利益を出すショー・ビジネスに程遠い状況になっている。



歌詞については、日本語は「ん」以外すべての音節に母音があるので重唱すると誰が何を言っているのか聞き取りにくい。

さまざまな時代の漢語を取り込んだため同音異義語が多く、一つの音符に対して一文字の制約を受ける日本語翻訳の歌詞は情報量が少なくなるため、ミュージカルのストーリーを分かりにくくしている。

それでも、東京公演が盛んなのは、俳優志望の者が勉強として観劇するからで、地方では観劇が娯楽なので割引や景品として売り出されないと空席が埋まらない。

また地方公演では、地方公共団体のホールの貸出規則が厳しく、ロングラン公演はおろか月単位での公演を行うのも難しい。

欧米系ミュージカルは、以前から映画化されサントラ盤で歌唱部分を家庭で楽しむことができた。
DVDが出てからはストーリーを字幕で、歌唱を原語で楽しむことができ、海外を市場とする欧米系ミュージカルDVDは購入価格も安価になるためミュージカル映画を家庭で楽しむことに貢献した。


演劇と映画が相乗効果を上げている海外とは対照的に、かえって入場料金の高い日本のミュージカル公演から客足を遠のかせている。

日本で日本人が上演するミュージカルにトニー賞受賞と宣伝されているが、ブロードウェイで上演された作品や上演者が受賞したのであって、日本での上演は厳密にはトニー賞受賞作品とは言えない。

一方、近年では漫画を原作としたミュージカルが、「2.5次元ミュージカル」と呼ばれるようになり、これまでミュージカルに馴染みのなかった層を中心に人気を集めている。

日本2.5次元ミュージカル協会が発表した2015年度末の集計では、年間製作本数100本、観客層動員数も145万人を超える急成長を見せている。

特に集英社は『テニスの王子様』や『BLEACH』など、週刊少年ジャンプ連載作品を次々ミュージカル化し、中にはシリーズ化されて10年近く公演が続いている作品もある。

問題となる劇場の確保やスタッフのギャラ、広告宣伝費も資金に余裕のある大手出版社であるため、開始当初は空席が目立つ赤字公演であっても、人気が出るまで上演を継続できる利点がある。

日本のカーテンコールについてジョン・ケアードは、「ブロードウェイのスタンディングオベーションには慣れていたけど拍手はコートを着ている1分間。

でもここ(日本)では、カーテンコールが5回、10回、20回も」と語っている。日本に比べて欧米のカーテンコールが短いのは、欧米の夜公演が平日でも開幕が20時と遅く、その分終演も遅いため帰宅時間が明日の予定に差し障ることを嫌うからである。

ミュージカルから生まれたヒットソング
ミュージカルの中のナンバーが作品を離れて、ヒットソングとなることがある。

『ラ・マンチャの男』の「見果てぬ夢」や『Annie』の「Tomorrow」はさまざまな歌手によってカバー版が歌われた。

『CATS』の「メモリー」は作品よりも先に世界的なヒットとなり、『ジキル&ハイド』の「今このとき」は1992年アルベールビル冬季オリンピックの公式テーマ曲に選ばれた。

『わたしを野球につれてって』のタイトルナンバー「わたしを野球につれてって」はアメリカのメジャー・リーグの7回攻撃前に必ず球場で観衆が歌うことが慣例となっている。

サッカTemplate:Kijhzーのサポーターソングとして知られる『ユール・ネヴァー・ウォーク・アローン』は、もともと『回転木馬』のナンバーである。

また、『サウンド・オブ・ミュージック』からは多くのヒット曲が生まれ、「ドレミのうた」「エーデルワイス」「私のお気に入り」などは、さまざまにアレンジされてカバーされ、今やもともとのミュージカルを離れ、世界的にポピュラーな曲となっている。

日本では1960年に初演された「見上げてごらん夜の星を」のタイトルナンバーがヒットした例がある。さらに遡れば1917年初演の『カフェーの夜』から大流行した「コロッケの唄」がミュージカル発ヒットソングの元祖的存在である。