ユリ科チューリップ属の植物
球根が出来、形態は有皮鱗茎。和名は鬱金香(うこんこう、うっこんこう)、中近東ではラーレと呼ばれる。
アナトリア、イランからパミール高原、ヒンドゥークシュ山脈、カザフスタンのステップ地帯が原産。

和名について
和名の鬱金香は、この花の香りがスパイスまたは食品を黄色く染めるのに使われるウコンのような、埃臭いことに由来する。

チューリップの花の香りは概してあまり良くないが、最近は香りの良い品種も増えている。1970年頃までは、牧野植物図鑑に「ぼたんゆり」という和名が載っていた。

園芸
チューリップにはチューリップ相場に代表されるように多様な園芸品種が存在する。

外観は、花弁の先端が丸いもの・尖ったもの・フリル状のものもある。咲き方は一重から八重で、一つの球根から複数の花がつくもの、すぼまった状態で開花するものや花弁が外側へ反り返り全開して開花するものなど。

花色も青以外の赤・黄・オレンジ・白・緑・紫などの単色や複数の色のものなど、数百品種のチューリップが存在する。

青バラと同様に多くの育種家によって青いチューリップの開発が進められているが、花弁全体が青い品種は発表されていない。

チューリップの花を上から覗くと、花弁の根元に青い部分が存在する。その部分には青い色素が見られ、その青い部分を増やすことで青いチューリップを作る研究がされている。

大きな球根を採取する場合は開花から約2日後に花部を切断する。また、深く植えつけると分球が少なくなるがその分、肥大は良くなる(植えつけた年は変化がなく、その次の年に影響する)。

繁殖は主に分球で、実生(タネ)からは開花までに5年以上かかる。
他のユリ科の植物と同様、両性花であり、雌雄異熟によって自家受粉を防いでいる。

実生は品種改良の際に行われる。人気のある花だけに花形・花色、草姿、葉の模様、ブルームの有無、香り、早晩性、耐暑性・耐湿性、多花性、繁殖力、切花では切花寿命や無花粉化、花茎の硬さなど改良されるべき性質が多く、特に日本の高温多湿に強い品種が望まれる。

ただし、野生種をはじめ交配に使える素材も多いため、時間は掛かるが品種改良は比較的容易である。

開花前に裁縫に用いる針等を用いてチューリップの花の根元部分を貫通させ傷つけるとエチレンが発生し、開花期間を長引かせることができ、開花後に同様のことを行うと開花期間が短縮することがチューリップのみで確認されている。

原産地・生産地
原産地はトルコのアナトリア地方とされ、トルコ国内の宮殿(トプカプ宮殿等)やモスク(ブルーモスク等)に貼られたタイルに描かれている。
生産地ではオランダが非常に有名で、各国へ輸出されている。トルコからオランダにチューリップが伝わったのは16世紀頃。

日本のホームセンターや園芸品店で販売されている球根は、ほとんどがオランダからの輸入である。

日本では、富山県や新潟県で大規模な栽培が行われている。両県を合わせた球根生産での国内シェアは98%(富山県53%、新潟県45%)である。
象徴
チューリップは国家や地方公共団体等を象徴する国花や県花として制定されており、花の栽培や球根の生産は元より観光の主力として注力していることが多い。

トルコを原産とするチューリップは、外貨獲得のために主力輸出品として活用しており、オランダでは代表的な風景の一部として、風車とともに紹介される。
古くより経済に影響を与えた、重要な花の品種である。

県花
新潟県、富山県
両県は日本でのチューリップの大規模な栽培拠点である。富山県にはチューリップの名を冠した民放テレビ局も存在する。

市花
新潟市、新潟県胎内市、東京都足立区、神奈川県横浜市神奈川区・中区(横浜市)、埼玉県深谷市、富山県砺波市、福岡県直方市
日本においては、数多くの地方公共団体で市町村花等に制定されており、開花の季節には公園やイベント会場に数千から数百万本のチューリップが観光客を集めている。

来歴
古くはオスマン帝国でもてはやされ、オーストリアの大使オージェ・ギスラン・ド・ブスベックによって初めてヨーロッパに伝わる。
この伝来のときに誤ってチュルバン(tülbend, ターバン)と伝わったために現在のチューリップという名が生まれた。
後、ブスベックの友人クルシウスがオランダのライデン植物園に移り、そこでチューリップを栽培したところ評判となった。
盗難が何度も起きたためクルシウスは栽培を止めてしまったが、その後、オランダではチューリップ狂時代をはじめ、幾度と歴史上にチューリップが登場することとなる
16世紀末にはイギリスでも栽培が始まり、カーネーションやオーリキュラ (Primula auricula) と共に早くから育種が進んだ。19世紀には多数の品種が生まれ、現在でもいくつかが栽培されている。
日本への伝来と栽培
日本には、江戸時代後期に伝来したが普及するに至らず、大正時代に入って、ようやく小合村(現:新潟市秋葉区)で本格的な球根栽培が始まった。
このことから、新潟地域の栽培農家は新潟が「日本チューリップ発祥の地」と自負しており、道の駅花夢里にいつには記念碑が建てられている。1963年には新潟県の県花にも指定されている。
しかし、新潟県は大正8年(1919年)なのに対し、富山県では大正7年(1918年)に東砺波郡庄下村(現:砺波市)の水野豊造により栽培されていたことから、少なくとも本格的な栽培は富山県が日本初となる(それ以前より栽培はされていたが、球根状態での保存が確立したのがこの時期である)。




