手水鉢(ちょうずばち)
元来、神前、仏前で口をすすぎ、身を清めるための水を確保するための器をさす。
その後、茶の湯にも取り入れられ、露地の中に置かれるようになり、つくばいと呼ばれる独特の様式を形成していった。

霊狐
稲荷神・荼枳尼天・飯縄権現および狐そのものを神格化した寺社や祠などに信仰の対象としてまつられる。また、稲荷の眷属として仕えている狐たち全般をさすこともある。
人間に対して有益な存在と目されている狐を意味すると説かれており、人間に好んで災禍をもたらす存在はこれに対して野狐(やこ)と区別されている。
飯綱(いずな)や管狐(くだぎつね)などといった修験者や陰陽師・呪術者が使役する存在、また、稲荷下げ稲荷おろしなどの託宣に用いられる存在も、霊狐と表現されたり表記されることもある。
歴史
確認出来る史料などの上からでは。日本において狐に対する信仰上の神格化が濃く見受けられるようになるのは12世紀ころである。
13世紀ころには関東地方でも密教関係の寺社などを中心にもたらされていたと考えられる。
大きく浸透していったのは室町時代から江戸時代の間で、稲荷神・荼枳尼天・飯縄権現などの信仰がベースとなり、それが民間に入ることで各地で拡大をしていった。
いっぽうで、託宣や利益祈願に用いられる上述のような存在の狐は野狐、悪狐であると目されもした。
これらは「稲荷神本体は狐ではない」とする論理に発したもので、とりわけ明治時代の神仏分離以降は修験者などの基盤が失われると共に、記紀神話による根拠が無い点などから迷信あるいは不敬・邪説であるとしてしばしばとりあげられていた。
乙女稲荷神社と駒込稲荷神社の間に庚申塚と力石と賽の大神碑があります。
いずれもいわば道祖神です。つまり路傍の神です。集落の境や道の辻、三叉路などに祀られる神です

庚申塔(こうしんとう)
庚申塚(こうしんづか)ともいい、中国より伝来した道教に由来する庚申信仰に基づいて建てられた石塔のこと。

庚申講を3年18回続けた記念に建立されることが多い。塚の上に石塔を建てることから庚申塚、塔の建立に際して供養を伴ったことから庚申供養塔とも呼ばれる。

↑ 青面金剛・猿・鶏・寛文八戌申 (1668)駒込村・施主15名 ↓
庚申講(庚申待ち)とは、人間の体内にいるという三尸虫(さんしちゅう)という虫が、庚申の日の夜寝ている間に天帝にその人間の悪事を報告しに行くとされていることから、それを避けるためとして庚申の日の夜は夜通し眠らないで天帝や猿田彦や青面金剛を祀り、勤行をしたり宴会をしたりする風習である。

庚申塔の石形や彫られる仏像、神像、文字などはさまざまであるが、申は干支で猿に例えられるから、「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿を彫り、村の名前や庚申講員の氏名を記したものが多い。
仏教では、庚申の本尊は青面金剛とされるため、青面金剛が彫られることもある。神道では猿田彦神とされ、猿田彦神が彫られることもある。
また、庚申塔には街道沿いに置かれ、塔に道標を彫り付けられたものも多い。さらに、塞神として建立されることもあり、村の境目に建立されることもあった。
庚申塔は沖縄県を除く全国で分布が確認されているが、地域によって建立数に差が見られる。
例えば関東地方では数多く建立されているが、日本における庚申信仰の中心的な寺社がある京都や大阪など関西では庚申塔の建立は比較的少ない傾向がある。
確認されている現存最古の庚申塔は埼玉県にある庚申板碑で文明3年(1471年)であり、当初は板碑や石幢などが多い。青面金剛刻像は福井県にある正保4年(1647年)が現存最古とされている。
なお、奈良東大寺所有の木像青面金剛は鎌倉時代の作とされている。

塞大神碑
東大農学部前の本郷追分(中山道と日光御成街道分岐路)に祀られていました。
この追分には、日本橋から一里ということで江戸時代に一里塚がありました。
文政7年(1824)の火災で欠損し、明治6年(1873)、この賽の大神碑が建てられました。
そして、明治43年(1920)に道路拡張のため、根津神社に移されたということです。

↑ 塞の大神碑(さえ・さいのおおかみ) 神輿庫 ↓
根津神社 神輿庫
根津神社には、六代将軍家宣が三百年以上前に寄進した三基の大神輿があります。江戸城への入門が許されたのは、根津神社の神輿と神田神社の神輿と赤坂日枝神社の神輿だけだったようです。
毎年9月21日の例大祭は、江戸の代表的なお祭・天下祭の一つです。
もちろん担ぎ入れるのではなくて、台車に乗せて静かに運んだようです。それ故江戸三大祭と云うのは、根津神社と神田神社と日枝神社の祭りだと云われて来ました。深川や浅草は当時の江戸の圏外でしたからね。
根津神社の三基の大神輿は、一之宮、二之宮、三之宮と云われているのですが、公表されていないのでよく判りませんが、そのサイズはほぼ同じで屋根から上のデザインが若干違います。
現在は四年に一度の本祭の時の神幸祭に、三基を交代で台車に乗せて根津神社界隈を渡御しています。ですから三基の大神輿を全部見るには、最短でも9年掛かります。
神池
人が地面を掘り、くぼみを作り、そこに水をためたものも池と言う。水が地下に逃げないようにする必要がある。
この種で代表的なのは庭の池で、通常は審美的な目的で野生生物の生息地を提供するためをいう。神社の境内にあるので神池と言う。

庭の池は優れた野生生物の生息地となるため淡水野生生物の保護に貢献できうる。

↑ 神池 表参道の鳥居 ↓
トンボやカブトムシなどの無脊椎動物や両生類は、新しい池にすばやく定着することができまた所有者は、庭の池が複製する小さな水域の生態を多くの独創的かつ貴重な観察を行うこともある。
都会の喧騒を忘れさせてくれる癒しの場所でもある。














