起源
鳥居の起源については諸説あり、考古学的起源についてはっきりしたことは分かっていない。

単に木と木を縄で結んだものが鳥居の起こりであると考えられる。

文献に徴すれば古くは「於不葦御門(うへふかずのみかど)」(皇太神宮儀式帳)と称して、奈良時代から神社建築の門の一種としている。いずれにせよ、8世紀頃に現在の形が確立している。



そのほか主要な説として、天照大御神(あまてらすおおみかみ)を天岩戸から誘い出すために鳴かせた「常世の長鳴鳥(とこよのながなきどり)」(鶏)に因み、神前に鶏の止まり木を置いたことが起源であるとする説、

日本の冠木門に起源を求める説、

インド仏教にみられるトーラナや中国の華表や鳥竿、牌楼(ぱいろう)、朝鮮半島の紅箭門(こうぜんもん・ホンサルムン)、イスラエルの移動型神殿、雲南省とビルマとの国境地帯に住むアカ族(英: Akha people)の「村の門(ロコーン/ロッコン)」など海外に起源を求める説などがある。

また、ユダヤ教と関連があるとする説もある(日ユ同祖論)。満州には鳥居のような冠木門が見られる。


 

乙女稲荷神社
御祭神は倉稲魂命(ウカノミタマノミコト)。
社殿は根津神社をのぞむ高台に建てられている。

 

 

 

記紀ともに性別が明確にわかるような記述はないが、古くから女神とされており、伏見稲荷大社の主祭神。稲荷神(お稲荷さん)として広く信仰されている。

 

 

 

五穀と養蚕の神様として崇敬を集めていますが、そのネーミングのせいか『恋愛成就』でも有名になっています。

 

 

 

農業国だった日本で、この神が広く信仰されるに至ったのはごく自然の成り行きですが、次第に五穀豊穣ばかりでなく、さまざまな現世利益を聞き届けて下さるようになっていきます。

 

 

 

 

↑ 社殿前の舞台……………? ↓

 

 

 

稲荷神社の参道に立ち並ぶ鳥居は、その一本一本が、願ひを叶えて戴いた御礼にと奉納されたものです。

 

 

 

 

↑ 社殿から根津神社の唐門が見渡せます ↓

 

 

 

 

↑ 根津神社の唐門、拝殿、本殿も ↓

 


鳥居の語源
語源についても同様に不明である。鶏の止まり木を意味する「鶏居」を語源とする説、

止まり木(あるいは神前止まり木)説、「とおりいる(通り入る)」が転じたとする借字説、

トーラナを漢字から借音し表記したとする説などがある。

構造そのものに着目した説としては、鳥居桁(架木)説とでも呼ぶもので、そもそも建築用語として高欄の横木の最上部のものを鳥居桁と呼ぶことは奈良時代の資料から明らかになっており、障子の上桁の横木を鴨居と呼ぶのと同じく、「トリイ」とは古来からの建築用語であり、これが神社門に転じたとする説である。

奈良時代に「トリイ」の語は建築用語として存在し、平安初めに一般神社門は「トリイ」と俗称され、平安中期にはこの名称が庶民によって用いられたとする。

 

↑ 池には緋鯉も ↓

 


構造
2本の柱の上に笠木(かさぎ)、2層の水平材とする場合に上層の笠木に接して島木(しまぎ)を渡す。

その下に貫(ぬき)を入れて柱を固定したのが一般的な鳥居の構造である。他に、貫と笠木の間に額束(がくづか)を建てることがあり、柱下部に亀腹(かめばら。

饅頭ともいう)を施したり、掘立であれば根巻きや根巻き石(ねまきいし)を施すことがある。笠木と柱の間に台輪(だいわ)という円形の保護材をつける例もある[要出典]。

鳥居の分類は大別すると、柱や笠木など主要部材に「照り」や「反り」、(柱の円柱加工を含まない曲線を表す加工)があるかないかである。

照りや反りが施された代表例としては明神鳥居(みょうじんとりい)があり、 それらが施されない代表的な例としては神明鳥居(しんめいとりい)があげられる。