表参道

神社・仏閣の参道のうち、おもに正面に位置するもの。

 

 

↑ 4月19日根津神社へ再び行って参りました ↓

 

 

神社・仏閣の参道のうち、おもに正面に位置するもの。



神橋
神殿や神社の境内などに架けてある橋。


 

↑ 根津神社案内図 ↓

 



敷地と外部を区切る塀や垣に通行のために開けられた出入口のこと。外構の一種。

正面口のことは、特に正門とよばれる。
門の脇の柱を門柱、門の番人を門番、門の扉を門扉とそれぞれ呼ぶ。

 


随身門(楼門)国指定重要文化財
神社外郭の門で、武官姿の随身像を左右に安置。


 

↑ つつじ苑と随身門(楼門)  ↓

 



随身(ずいじん)
左右近衛府の舎人、すなわち将曹・府生・番長・近衛などで、上皇・法皇、摂政・関白をはじめ、近衛府の大将・中将・少将や、衛府・兵衛の長官や次官などに付き従い、その警護する者である。

 

↑ 正面右側の随身は、水戸黄門こと徳川光圀公がモデルだとか ↓

 


当初は衛府の高官の警護という、衛府の官人として本来の職務だったが、時代が下ると特に摂関に対しては特別の勅許をもって「聴される」一種の優遇と化して行き、この例が他の貴族階級にまで広がり発展していった。



また摂関の随身にはさらに別勅をもって実戦で使うための兵仗、つまり弓や矢などの武器を併せて賜わったことから、兵仗(ひょうじょう)は次第に随身の別表現として定着していった。


後代になると「帯剣」や「牛車」などと同様に、「随身・兵仗」はひとつのセットとして摂関をはじめとする廟堂の顕官に対して「聴される」特権の一つとなった。

 


舞殿(まいどの)
神社の境内に設けた、舞楽を行うための建物。神楽殿 (かぐらでん) 。


神楽
日本の神道の神事において神に奉納するため奏される歌舞。神社の祭礼などで見受けられ、まれに寺院でも行われる。

平安中期に様式が完成したとされ、約90首の神楽歌が存在する。神楽は、神社に「神楽殿」がある場合、そこで行われる事が多い。



手水舎(ちょうずや・ちょうずしゃ・てみずや・てみずしゃ)
参拝者が身を浄めるために手水を使う施設のこと。水盤舎(すいばんしゃ)、御水屋(おみずや)とも呼ばれる。

手水舎は、神社、寺院の参道脇または社殿脇に置かれ、参詣者が手や口を漱ぎ清める。多くの手水舎は、四方転びの柱が用いられ、四方吹き放しとなっており、その中に水盤が据え付けられている。

柄杓が置かれており、それを使用する。柄杓にすくった一杯分の手水(ちょうず)を使い、一連の所作を行う。


 


透塀(唐門西門間)国指定重要文化財 
屋根が唐破風(からはふ)造りになっている門。正面に唐破風を見せる向(むかい)唐門と、妻側に唐破風をつける平(ひら)唐門とがある。


根津神社が現在地に移される以前、この地には甲府宰相・松平綱重の山手屋敷があり、後に6代将軍となる徳川家宣はここで誕生した。

5代将軍・徳川綱吉は、家宣を嗣子と定めて江戸城内に引き取るときにこの屋敷を撤去し、千駄木にあった社を家宣の産土神としてこの地に移し、社殿を造営した。

現在の社殿はこの時に造営されたもので、7棟の建物が重要文化財に指定され、江戸中期の豪華な社殿建築のたたずまいを今に伝えている。


唐門は一間一戸、銅瓦葺の平唐門で、楼門の先に位置している。透塀が左右に延び、折れ曲って本殿を囲っている。


拝殿
神社で、本殿の前に設けられた礼拝を行うための建物。


拝殿前で立ったまま行うのが略式参拝、本殿に昇殿して行うのが昇殿参拝・正式参拝という。
略式では賽銭箱に金銭を投入し、鈴を鳴らし、そして拝礼を行う。


昇殿参拝では祈祷を受けるための玉串料を納め、神職によるお祓(はら)いと祝詞奏上を受け、玉串(榊の枝に紙垂を付けたもの)を神前に捧げ、拝礼を行う。

参拝の作法は一般的には、二拝、二拍手、一拝である。なお特別に、出雲大社と宇佐神宮は四拍手、伊勢神宮は八拍手(八開手・八度拝)を行う。

宝永二年五大将軍綱吉は兄綱重の子綱豊(六代家宣)を養嗣子に定めると、氏神根津神社にその屋敷地を献納、世に天下普請と言われる大造営を行なった。


現在の権現造りの社殿・唐門・楼門・透塀等がこれで、昭和六年国宝(現重文)に指定されている。

拝殿の奥に幣殿・本殿と一宇に続く権現造り建築で、総漆塗りの華麗な姿である。