八の日がお薬師さんのご縁日
影向堂の南に建つ、三間四方の堂宇で「橋本薬師堂」と呼ばれている。

当初の薬師堂は本堂の北側にあったので、「北薬師」と呼ばれていたが、慶安2年(1649)、三代将軍徳川家光が本堂の北西に再建。

これが現在の建物で、浅草寺に残る江戸時代以前の建築では六角堂、二天門とともに古い。
かたわらに小さな橋があったため、家光によって「橋本薬師堂」と名づけられたという。平成6年(1994)に現在地に移された。

慶安2年(1649)徳川家光の建立 三間四面のお堂
小橋のたもとに建立されたので「橋本薬師堂」と呼ばれる。平成6年(1994)10月、境内整備により現在地へ移築し、改修工事を施した。
糞害対策
浅草寺からハトの豆売り店消えた 殺生なき糞害対策
「観音様の土地だけに殺生はできない。でも、数を減らす必要はある」と、区が広報誌などを通じてエサやり禁止を呼びかけた。
屋根や門に糞害防止の金網やネットが設けられたが、期待したほどの効果はなかった。

一言不動尊
怒りのお姿をした不動明王さまは、そのお姿をして教化し難い者を導き、その力でわれわれの迷いの心を打ち切ってくださる仏さま。
この一言不動産は、何か願い事を一つに限って祈願すると、その願いがかなうとされ、古来より霊験が著しいといわれている。享保10年(1725)造立。

百度石
百度石は、なかなか神社やお寺に行けない方が、ここでお参りすると100回お参りしたことにして貰える有難い石碑。

影向堂お堂の前には錦鯉の泳ぐ池があり、美しい鯉に観光客がカメラを向けています。

↑ 影向堂前の池 ↓
石橋
寄進者は徳川家康の娘・振姫の婿だった和歌山藩主・浅野長晟です。この橋は重要美術品にも認定されています。
この池にかかる「石造階」とも呼ばれる石橋(しゃっきょう)は現存する石造りの橋としては都内最古で、元和4(1618)年、浅草寺に東照宮(現存せず)が造営された際に参詣のための神橋として造られました。
みぐみ地蔵尊
「お地蔵さまは、六道(ろくどう)を輪廻(りんね)する衆生をあまねくお救いになる仏さまである」と書かれている。
銭塚弁財天
弁財天さまは、七福神のお一人で仏教をお守りする善神である。芸能や学問の上達、財宝や福徳の神とされる。この銭塚弁財天さまは、福徳財運の弁財天さまとして、特に信仰が篤い。
子育地蔵尊
恵比寿大黒天堂
天保15年(1844年)に建立されたお堂脇の石碑などによると、ふたつの石像は真言宗開祖の弘法大師空海(778年-835年)が造ったと伝えられている。
このことは、当時は天台宗であった浅草寺においても、宗派を超えて弘法大師空海への信仰がうかがえるということが非常に興味深い。(浅草寺は1949年までは天台宗であったが、1950年から聖観音宗本山となった)




















