浅草寺宝蔵門
天慶5年(942)武蔵守、平公雅(たいらのきんまさ)が建立したとされる旧仁王門の再建で、1964年に大谷米太郎氏から寄進されたのが宝蔵門である。

門前の参道両側には仲見世が並ぶ。門の正面左右に構えるのは左に呵形像、右に吽形像の仁王像を奉安されているので、別名「仁王門」と呼ばれ、共にインドの古代武器を持っており、身体健全や災難厄除の神として信仰を集めている。
宝蔵門は鉄骨鉄筋コンクリート造の入母屋造で、上層部分には国宝の法華経と重要文化財の「元板大蔵経」「元版一切経」や寺宝が収蔵されているので「宝蔵門」とも称しています。

浅草寺には「雷門」「小舟町」「志ん橋」の3つの大提灯があるが、中央の提灯は「小舟町」と書かれている通り、日本橋小舟町の人たちによる寄進であり、両脇にある鉄製の提灯型のさげ物も同様である。

宝蔵門の「小舟町」大提灯が平成26年10月5日、新しく掛け替えられた。

↑ 鉄製提灯型さげ物 魚河岸 ↓
日本橋小舟町の企業や商店主など有志によって構成される「日本橋小舟町奉賛会」の寄進によるもので、前回の江戸開府400年にあたる2003年に次いで11年ぶり、「宝蔵門」再建後、4回目の奉納になるという。
大提灯の大きさは、高さ3.8メートル、幅2.7メートル、総重量は約400キロ。「小舟町」と筆太に書かれた朱塗りの大ぢょうちんが、350余年続く江戸の町衆の心意気を現代へと伝えている。

↑ 鉄製提灯型さげ物の底部 ↓
宝蔵門裏にかけられている「大わらじ」は吽形の仁王尊の制作者である村岡久作氏の出身地と言うご縁で山形県村山市の奉賛会により奉納されていて、浅草寺にはこんな大きなわらじをはく人がいるならと驚いて魔が去っていくという、魔除けと健脚を願い「わらじ」に触れていく人も多い。(長さ4.5m・幅1.5m・重さ400キロ)、阿形の仁王尊制作者は錦戸新観作。

↑ 大草鞋と五重の塔 ↓
五重の塔
五重塔は昭和20年戦災による焼失までは観音本堂に向かって右側に位置していたが、昭和五重塔は左側に建造され、地上53.32m(塔のみ48.3m)を誇る高さは京都東寺に次いで高い五重塔です。

常香炉
お寺では参拝者が線香を あげるために大きな香炉が置かれています。

本堂と宝蔵門の間に、お線香をたく大きな香炉があります。これは常香炉といい、参拝者の方がお線香をあげるために設置しててあります。

常香炉の煙を浴びるのは、身体のけがれを落とし、清らかな身で観音様にお参りするための儀式なのだとか。
煙を浴びると体の悪いところが良くなるという話もあり、多くの観光客が集まっているのを見ます。

観音本堂
草創以来焼失と再建を繰り返した浅草寺は江戸幕府第三代将軍家光により慶安2年(1649)に再建されて、明治40年「国宝」に指定された。

↑ 浅草寺本堂 大提灯「志ん橋」 ↓
その後、関東大震災をも無事に免れ世間の話題となったが、昭和20年3月10日の東京大空襲で「国宝浅草寺本堂」は焼け落ちてしまった。

↑ 天井画の修復工事中でした ↓
しかしご本尊は前もって観音堂の真下地中3メートルのところに青銅製の「天水鉢」を埋め、その中へ安置されていたので安泰であった。
ご本尊をお守りしたその天水鉢は今も現存しております。なお消失した本堂は戦後の昭和二十六年復興に着手、昭和33年には信徒各位の浄財により再建落慶しました。

本堂 天井画修復工事
本殿は改修工事の、まっただ中でした。本殿の内部へ入ってのお参りは可能ですが、改修工事用のフェンスに囲まれた部分が多く、有名な天井画も見ることはできません。
↑ 宝蔵門と本堂内 ↓















