アジアティーク・ザ・リバーフロント
↑ アジアティーク・ザ・リバーフロントと駐車場 ↓
19世紀後半、シャム王国(タイ王国の旧名称)はデンマークとの友好条約を締結。
当時のハンス・ニール・アンデンセンを社長とするイースト・アジアティーク社がチーク材を海外に送り出すための最初の船着き場となった場所です。
またそれは友好条約後、シャム王国が独立国家としての貿易の始まりでもありました。

↑ 冷房の効いた送迎車から出て雨後の湿気でレンズが曇る ↓
アジアティークは、このような歴史的背景を尊重し、イースト・アジアティーク社の建物を修復・復元し、当時の栄華を蘇らせることを目的とするASIATIQUE THE REVEFRONT計画のもとに開発されました。
その広さは東京ドーム約2.5個分の広さで4つの地区に分かれ、広大な敷地内には、総数約1,500もの店舗とレストラン約40店舗があります。
↑ sjr money exchangeチケット売り場 ↓
チケット売り場では
バンコク ニューハーフショー カリプソのチケットを。
バンコクに大きなニューハーフショーが5つほどあります。
その中でも老舗で美人のニューハーフが多いのは、カリプソキャバレーのニューハーフショーです。
開演時間まで間が有るので、場内を散策。
↑ 土産物屋 人力車夫像 ↓
辮髪(べんぱつ、弁髪、満州語)
主に東アジア(北方民族)の男性の髪型で、頭髪を一部を残して剃りあげ、残りの毛髪を伸ばして三編みにし、後ろに垂らした。
満州族の清朝中期以降の前頭部を剃り後頭部を伸ばすスタイルが有名だが、契丹族の頭頂部のみを残すスタイルや、モンゴル族(モンゴル人)の両側頭部を残すスタイルなど、民族や時代により様々なスタイルの辮髪があった。
ポップカルチャーでの辮髪
清朝以前の中国人(漢民族)にとっては、満州族の異様な風俗に過ぎなかったが、近世における長い強制によって中国人のイメージと一体化。
この間に本格的に中国と接し続けた外国人の間では、日本のゆでたまごの漫画のキャラクター、ラーメンマン(『闘将!!拉麵男』)等に代表される様に、今でもドジョウ髭とセットでの中国人のイメージとして残っている事が多い。
↑ 観覧車が見えたので其れを目当てに移動します ↓
↑ 遊園地エリアへ着きました ↓
↑ メリーゴーランドや動く乗り物などがずらりと並んでいます ↓
↑ 雨は止みましたが座席はびしょ濡れ、係員が拭いて回ります ↓



















