冷麺
朝鮮半島由来の冷製麺料理。朝鮮語ではネンミョン、またはレンミョ。
冷やし中華と区別するため、韓国冷麺や韓国風冷麺などとも呼ばれる。
冷やし中華と区別するため、韓国冷麺や韓国風冷麺などとも呼ばれる。
↑ 韓国料理店 ↓
↑ スープ冷麺(白麺) スープ冷麺(黒麺) ↓
↑ マッコリきはボトルとグラスが有り今日はクラスにしました ↓
朝鮮半島における冷麺
ルーツは現在の北朝鮮にあり、平壌と咸鏡南道咸興が本場として知られる。韓国側には、1950年に朝鮮戦争が勃発した際、南に逃れた北朝鮮出身者を通じて本格的に普及したといわれている。
ルーツは現在の北朝鮮にあり、平壌と咸鏡南道咸興が本場として知られる。韓国側には、1950年に朝鮮戦争が勃発した際、南に逃れた北朝鮮出身者を通じて本格的に普及したといわれている。
↑ マッコリの摘みにキムチ三種盛りを ↓
キムチは、白菜などの野菜と、塩・唐辛子、魚介塩辛、ニンニクなどを主に使用した漬物。
かつては朝鮮漬けとも呼ばれる。
単独で、あるいはつけ合せ(特に焼肉店)として食べられるほか、豚肉と一緒に炒めた「豚キムチ」などの材料や、チゲの具(キムチチゲ)としても用いられる。
↑ マッコリを追加 ↓
本来は寒い冬に暖かいオンドル部屋(温度調節がこまめに出来ないのでやや暑くなる)の中で食べる料理で、1849年に書かれた『東国歳時記』に「冬の時食として、蕎麦麺に菁葅(大根のキムチ)や菘葅(白菜のキムチ)を入れ、そのうえに豚肉を和えたものを冷麺という」との記述がある。
↑ 今日はスープ冷麺(白麺)を ↓
現在の韓国では夏の食べ物と認識され、大衆食堂は夏の間しか出さないが、冷麺専門店は冬も出している。
大きく分けて、平壌発祥のムルレンミョンと咸興発祥のビビン(ピビム)ネンミョンの2種類がある。
ムルは「水」の意で、ネンミョンにムルが冠されると朝鮮語特有の流音化によりムルレンミョンという発音になる。ビビン(ピビム)は「混ぜ」の意で、ビビンバのビビンと同じである。
ムルレンミョンは、固く締めた麺の上に下味をつけた肉類・ゆで卵・キムチ・錦糸卵・ナシなどを盛り付け、最後に肉のダシ(本来は牛肉や雉肉で取るが、現在は灰汁抜きした牛の脚の骨で取る店が多い)とトンチミ(大根の水キムチ)の汁を合わせた、ユッスと呼ばれる透明で淡泊な冷たいスープをかけて供される。
朝鮮半島では食器を手に持って食べることはマナー違反とされているが、ムルレンミョンに限ってはスープを飲む際に器を手に持ち、口をつけて啜っても良しとする韓国人も少なくない。
日本における冷麺
1939年(昭和14年)に神戸市長田で平壌出身の張模蘭と全永淑が開業した「元祖 平壌冷麺屋」が日本で朝鮮半島式の冷麺を提供する現存最古の店である。
1939年(昭和14年)に神戸市長田で平壌出身の張模蘭と全永淑が開業した「元祖 平壌冷麺屋」が日本で朝鮮半島式の冷麺を提供する現存最古の店である。
現在、日本の多くの焼肉店で定番メニューとして提供されている。日本人の口に合うようアレンジされた冷麺も各地にあり、代表的なものに岩手県盛岡市の盛岡冷麺と大分県別府市の別府冷麺が挙げられる。
盛岡冷麺は咸興出身の在日朝鮮人1世である青木輝人(朝鮮名:楊龍哲)が1954年(昭和29年)5月に開業した「食道園」が発祥で、1987年(昭和62年)に「ぴょんぴょん舎」を開業した在日2世の邊龍雄らが「盛岡冷麺」というブランド名を確立させた。
小麦粉を主材料とする透明感のある太麺が特徴である。盛岡冷麺の生麺は「さぬきうどん」などとともに公正取引委員会から「特産」「名産」などの表示に基準が設けられた10品目の一つにもなっている。
別府冷麺は1950年(昭和25年)頃に満州からの引揚者が開業した店が発祥とされる。和風ダシのスープが特徴で、麺は店によって太麺と中細麺の2種類ある。
食堂やラーメン屋や居酒屋などでも提供されるメニューとなっており、金属製の器ではなくラーメン用の丼鉢などに盛りつけられる。
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