宗教建築

東南アジア世界のイスラーム建築
東南アジア世界もまた、ムスリムが多い地域である。
東南アジア世界もまた、ムスリムが多い地域である。
インドネシア、マレーシア、ブルネイ、フィリピンのミンダナオ島、タイのマレーシア国境付近の南部諸州に数多くのムスリムが居住する。


東南アジアのイスラーム化もスワヒリ文化圏と同様にムスリム商人が香料を求めて、この海域へ進出を開始し、その過程で、浸透したことが背景にある。


↑ コンデジで自撮りをしてみました。
もう一人の見学者は東京・江戸川区から一人で来た青年でした ↓

イスラームが浸透する以前のマレー世界は、仏教文化、ヒンドゥー文化が反映した地域である。そのことは、現在のバリ島でも確認することが可能である。

また、19世紀にクアラルンプールに建設されたマスジッド・ジャメは、イスラム世界の中心の建築様式を様々な形で採用している。
赤と白の縞模様は、コルドバのメスキータ、正面のアーチは、スペインや北アフリカ、ムガル建築で多く見受けることが出来る多弁オジー・アーチ(花弁型、しかも曲線が反転している)である。

↑ 礼拝の作法を図示 イスラム・ムスリムの日本語解説 ↓


↑ イスラム教の聖典、クルアーン,コラーンともいう ↓


クアラルンプールの金曜モスクがこのような南国情緒を漂わせる建築様式となったのは、イギリス人の建築家ハボックによる設計である。
ハボックの設計は、近代のオリエンタリズム思想という西洋人によるイスラームへのフィルターの反映でもあった。
そして、マスジェデ・ネガラが一つの雛形となって、マレーシアやインドネシアでは、無国籍のイスラーム建築が数多く建設された。


現代のイスラーム建築
モダニズム建築の影響は、1300年近い伝統を持つイスラーム建築にも大きな影響を与えた。
モダニズム建築の影響は、1300年近い伝統を持つイスラーム建築にも大きな影響を与えた。
20世紀前半には、西欧の植民地であった北アフリカ、中東、中央アジア、インド、東南アジアは独立を達成していたが、西欧化を標榜していたトルコ、イランにもその影響が広がった。

20世紀前半におけるこれらの地域の建築は、駅や市庁舎、銀行、博物館、大学、病院といった近代的システムで運営される建造物がモダン建築の影響を受けて、建設された。しかし、宗教建造物は、伝統的様式に従っていた。


宗教建造物が、モダニズム建築の影響を受け随時、建設されたのは、これらの地域が独立を達成し、大規模な国立モスクを建設するようになったからである。
とはいえ、コンクリートなどの新しく登場した建築素材を用いながらも、それぞれの伝統様式とモダン建築を融合した建築が多く見受けることが可能である。
例えば、カサブランカのハサン2世モスクは、ムーア建築の影響を色濃く残す建築様式であるし、イスラマバードのキング・ファイサル・モスクは、四隅に建つミナレットはオスマン建築の影響を色濃く残す。


また、1983年に、アーガー・ハーン4世が創設したアーガー・ハーン賞を受賞したヴィソコの白いモスク(ボスニア・ヘルツェゴヴィナ)は、鉄筋コンクリートで建設されたが、従来のこの地方での建築様式を踏襲しながらも、礼拝室の削ぎ落とされた立体に仕組まれた4つの明り取りの窓が並ぶ外観、真っ白な壁面を彩る黒いアラビア文字は、動乱と対立が続くこの地域において、宗教性を脱却した印象を与えたモスクである。
出典・ウィキペディア フリー百科事典。