国立歴史民俗博物館 くらしの植物苑にて撮影 ↓。

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(出典・ 九州大学)
主に大輪の花の色や模様を鑑賞する大輪朝顔に対して、とても朝顔とは思えないような奇態をしめす花や葉を鑑賞するアサガオの突然変異系統を変化朝顔と呼んでいる。
また変わり咲朝顔や変化咲き朝顔とよばれることもある。

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変化朝顔の主だった変異のほとんどが文化文政期のアサガオの第一次ブームの際に起こり、選抜された。

嘉永安政期には再びブームを迎え、より複雑な不稔系統を鑑賞しているが、当時は受粉のメカニズムも明らかになっておらず、これらの突然変異系統は自然交雑によってたまたま分離してきたものを選抜して鑑賞していたようだ。

図譜に載っている朝顔も、多数の劣性変異を多重に含むものが多く、当時は確立した系統として維持していたわけでないようだ。

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明治維新を境に 朝顔の栽培は下火になるが、再び世の中が落ち着きをみせてくる明治中期ごろから、地方で細々と系統が維持されていた朝顔が再び中央で栽培されるようになった。

当初は牡丹咲きなど単純なものが鑑賞されていたようだが、東京、大阪を中心として地方にも同好会がいくつも結成され、再び嘉永・安政期の朝顔をしのぐような系統が作られるようになった。

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↑ 団十郎朝顔は、アサガオの一種。二代目市川團十郎が、歌舞伎十八番の内「暫」で用いた衣装の色が海老茶色であったことにちなんでつけられた名前。 江戸時代には、団十郎の茶色として、一世を風靡したといわれている。
しかし種子の確保が容易ではないことから、生産量が激減し戦後途絶えた。 ゆえに「幻の朝顔」と言われていた。色は、海老茶。花が大きい。
近年その名の朝顔は多く見受けられるようになったが、それは本物ではなく、大手業者が流通名をつけたものである。
園芸業者が流通名として自由に「団十郎朝顔」の名をつけて「朝顔市」などで販売しているが実際は正式な「団十郎朝顔」ではなく販売増進のためにつけた流通名である。
現在、朝顔園芸界の正式な「団十郎」、つまり、本物は黄蝉葉・斑なしの葉で濃茶色の無地の日輪抜けの花を指す。↓

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自然交雑にまかせていた江戸期と違い、人工交配を利用して雪の部(采咲牡丹)、月の部(車咲牡丹;縮緬+立田+牡丹)、花の部(獅子咲牡丹;獅子+牡丹)、獅子の部(獅子咲)の絞られた4つのジャンルにおいて、より高度な系統が鑑賞された。
また安定して出物が出てくる系統が確立されている。

ただ残念なのは、あまりに鑑賞するジャンルを絞ったあまり、いくつかの興味深い系統、例えば大型で豪放な花容を誇った桐や狂った妖艶な花を咲かせる手長牡丹といったものが絶種になってしまったことである。

また系統維持の煩雑さもあって、大輪朝顔に転向する栽培家も多かったようだ。
第二次世界大戦によって他の園芸植物と同様に、変化朝顔の多くの系統が散逸したが、一部が辛うじて山高桂氏(名古屋)、中村長次郎氏(大阪)、小川信太郎氏(伊賀上野)、渡辺顕辰氏などごく少数の愛好家によって保存されていた。

これらの系統の収集・保存が国立遺伝学研究所(三島)の竹中要氏によって始められ、1993年にこれに従事していた田村仁一氏が退官するまで継続していた。

その後これらの系統は九州大学に移管され種子の更新を再開して現在に至っている。
また川崎の渡辺好孝氏も変わり咲き朝顔同好会を設立するなど変化朝顔の保存・普及に努めた。他にも少数の愛好家によって保存されている。

現在栽培されている変化朝顔は、戦前のレベルに及ぶべくもないが、主だった系統は保存されており、当時よりも栽培技術の進歩やバイオテクノロジーの発展もあり、現代ならではの変化朝顔の栽培・鑑賞ということが可能なのではないだろうか。

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将来トランスジェニックアサガオも一つのジャンルとして鑑賞できるようになる時が来るだろう。

また失われてしまった突然変異も再現する可能性があり、新規の突然変異もいくつも出現している。

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↑ 変化朝顔には他の園芸植物と違い品種名がない。↓

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第1次ブームの文化文政期のころには品種名でよんだこともあったようだが、その後、多くの苗から鑑賞価値の高い出物(不稔)を選んで鑑賞するようになると一代限りのことが多いため、その株を表す花銘をいちいちつけるようになった(このような名称の付け方は花火にも見られる)。

この花銘は現在の遺伝学から見ても理にかなったものであり(岡不朋は”文明的”といっている)、どのような突然変異の組み合わせでその株が成り立っているのかおおよそ推測することができる。