工場移転→第一次全盛期
1970年(昭和45年)、ホッピーの製造をしている赤坂工場付近の都市開発が進んだため閉鎖。事業規模拡大、造設備装置の近代化、水質面などの理由から調布市に工場を移転した。

その後、ドイツ産直輸入ホップの使用(1977年)などリニューアルを行い、昭和50年代に東京の街で再度大きな人気を得て1981年(昭和56年)には1日に20万本を売るまでに成長し、その時期の売り上げのピークを迎えた。

しかし、1980年(昭和55年)に博水社が発売した柑橘系炭酸飲料「ハイサワー」が爆発的に売れ、焼酎の割り材の需要が柑橘系等の炭酸飲料に大きく移行していったことや他の商品に押され、ホッピーは長い低迷期に入る。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

イメージ 13

↑ タチウオ(太刀魚)は、スズキ目サバ亜目タチウオ科に属する魚類。回遊魚。
最大で全長234cm、体重5kg。頭はとがっており、一見獰猛そうな鋭く発達した歯が目立つ。体は全体に左右に平たく、幅は指4本などと表現される。
背びれは背中全体に伸びて130軟条以上あり、尾びれ、腹びれは持たず、尾部は単純に先細りになっている。

体表には鱗がなく、その代わりに全身が銀色に輝くグアニン質の層で覆われている。生時はやや青味がかった金属光沢を持つが、死後ほどなくすると灰色がかった銀色となる。

表面のグアニン層は人が指で触れただけですぐ落ちるほど落ちやすいが、生時は常に新しい層が生成されることで体を保護している。
このグアニン層から採った銀粉は、かつてはセルロイドに練りこまれて筆箱や下敷きといった文房具、また模造真珠やマニキュアに入れるラメの原料として使われていた。↓

イメージ 14

イメージ 15

イメージ 16

イメージ 17

低迷期
1980年代中盤、社長はホッピーが売れない状況は仕方がないと割り切り、原点である「品質へのこだわり」「品質向上」を掲げた。同社が持っていた技術や設備や酵母等が全体的に陳腐化していたため、大幅な刷新を図った。

濾過機をビール製造仕様の本格的なタイプへ変更、麦芽やホップを煮沸して麦汁を取る機械の近代化(1985年)、大手ビールメーカーから優秀な技術者をスカウト、その技術者に酵母が衰退していることを指摘され、ドイツのミュンヘン大学にある何千種類の酵母のなかから、ホッピーに合ったものを購入(1985年)するなどの取り組みを行ったことにより、ホッピーの品質は格段に向上した。

しかし、そのような努力もホッピーの売上向上にはなかなかつながらず、ホッピーの低迷期は1990年代後半まで続き、その間はサワー用の炭酸飲料や1995年に製造販売を始めた地ビールが主軸となって同社を支えてきた。

1990年代中盤以降、同社はコクカ飲料株式会社を「ホッピービバレッジ株式会社」に社名変更するなど、ブランドイメージを変えようとする試みを始めた。

1998年に市場調査を行なったところ「ホッピー」ブランドの認知度は非常に高かったが、その反面若い世代から集まったイメージは非常に悪い結果が出た。

そのマイナスのイメージを払拭するために、1999年に新商品企画、若い世代向けとして、あらかじめホッピーを焼酎で割って緑色のボトルに入れた「ホッピーハイ」を発売した。

折りしも当時は低価格缶チューハイや発泡酒の人気が盛り上がってきた時期で、焼酎割り状態のホッピーが欲しいという客の声があったことから期待された。

しかし、アルコール飲料として大手メーカーと競合する厳しい市場展開となってしまい、マーケティング戦略の甘さや企業規模的に巨額の宣伝費を掛けることが出来ない事情から知名度も上がらず売上も大きく低迷、1,000万円の赤字を出し結果的にホッピーハイは失敗に終わった。

復調期→現在
新商品に失敗した同社は、インターネットに着目した。
1990年代後半にホッピーの非公式ファンサイトが誕生しており、また「ホッピーはどこで買えるのか」「ホッピーはどこで飲めるのか」という問い合わせがあり、ホッピーの潜在的需要があると感じ、低予算で効果が高い方法としてインターネットを活用した広告戦略を展開。

1999年(平成11年)に、当時としては先進的なコーポレートサイト、ホッピービバレッジ公式サイトを開設した。

これがワールドビジネスサテライトやタモリ倶楽部で紹介され、さらに宣伝効果をあげた。

また創業者の3代目である石渡美奈(ホッピーミーナ)が、副社長に就任以降(2010年(平成22年)に社長に就任)、1990年代後半→2000年代初盤に社内改革を行い、成果が出てきたこと。

道路交通法改正による飲酒運転の厳罰化により、ノンアルコールビールが見直されたこと。

低カロリー・低糖質・プリン体ゼロであることが健康志向に見合ったこと。・
2004年(平成18年)以降のレトロブーム、トラックの車体全体にホッピーの広告を表示した「ホピトラ」を、運送も兼ねて都心に走らせる広告戦略・

ホッピーに対して新しいイメージが形成されたこと、などの要因や背景もあってホッピーの売上は回復、更に上昇し2003年(平成15年)以降、4年連続で過去最高の売上高を更新している。

また、それまで東京近辺に留まっていた需要も、東京に赴任してホッピーに馴染んだ人やインターネットでの口コミ情報によって、近畿地方などその他の地方にも拡大しつつある。

BS-TBSの番組『吉田類の酒場放浪記』では、吉田類がホッピーを飲む光景がしばしば放映されている。

商品
現行
飲食店向け(業務用)商品(リターナブルビン使用。関東圏の飲食店を中心に地方の飲食店や一部の酒類小売店・リカーショップなどでも流通。
内容量はいずれも360ミリリットル)
ホッピー (元祖ホッピー)
黒ホッピー (香ばしさの中に、苦みと甘みが調和する)
一般向け商品(ワンウェイボトル使用。内容量はいずれも330ミリリットル)
ホッピー330 (中身はホッピーと同じ)
ホッピーブラック (中身は黒ホッピーと同じ)
55ホッピー (ホッピー発売55周年を記念して作られた商品)
過去
ホッピーハイ(1999年に発売された、あらかじめホッピーを焼酎で割って緑色のボトルに入れた商品)