伊豆熱川温泉に泊まり、豆ぐらんぱる公園で開催される体験型イルミネーション、「グランイルミ ~2ndシーズン ~」。400万球のLED照明による光の演出を見物。

河津七滝(かわづななだる)は、静岡県賀茂郡河津町を流れる河津川の、約1.5kmの間 に。)存在する7つの滝の総称)などを巡って来ました。

熱川温泉(あたがわおんせん)は、静岡県賀茂郡東伊豆町にある温泉。
泉質・塩化物泉

温泉街
海沿いまで山が突き出た狭地に19軒の旅館ホテルが存在する。熱川の源泉温度はほぼ100℃であることから、源泉井の上部からは湯気が多く出ており、湯煙に包まれた温泉街の光景を形成している。

温泉熱を利用した熱川バナナワニ園が有名。
海岸沿いに露天風呂「高磯の湯」があり、夏場は併設されているプールも利用できる(通常600円、夏季はプール込みで700円)。

伊豆熱川駅前に温泉足湯「熱川湯の華ぱあーく」(無料)がある。
海岸沿いに温泉足湯「熱川ほっとぱあーく」(無料)がある。

歴史
開湯伝説では、太田道灌が川底から温泉が湧いている場所で傷を癒している猿を見て、温泉を発見したという。

観光スポット
熱川バナナワニ園 本園・ワニ園・分園と三つのエリアにわかれ、世界中のワニ、オオオニバスなどの熱帯植物、レッサーパンダなどの動物を見ることができる。

お湯かけ弁財天
熱川海水浴場「熱川YOU湯ビーチ」 東伊豆町唯一の砂浜の海水浴場。7月には花火大会も行われる。

熱川ハーブテラス

交通アクセス
鉄道:伊豆急行線伊豆熱川駅下車(特急踊り子号・スーパービュー踊り子号停車駅) 伊東駅から、特急で30分、普通で40分
熱海駅から、特急で50分 - 1時間、普通で1時間 - 1時間10分
東京から、特急で2時間10分 - 2時間30分
道路:小田原西ICから国道135号線

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↑ ベッドルーム 二人で泊まったのに夕食から戻ると和室にも布団が。↓

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↑ 光芒(細長く伸びる一筋の光・薄明光線 または反薄明光線) ↓

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↑ 小さいながらも部屋付き露天風呂 ↓

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↑ 冷蔵庫から酒を出し 朝湯朝酒で小原庄助気分 ↓

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細うで繁盛記
1970年1月8日から1971年4月1日まで、よみうりテレビで製作され、日本テレビ系列で放送されたテレビドラマ。

毎週木曜日の21時30分から22時26分に放送された。
関西地区では最高視聴率38.0%を記録した。好評だったため続編が作られ、1972年1月6日 - 1973年3月29日に第2シリーズ、1973年8月23日 - 1974年2月14日に「新・細うで繁盛記」が放送された。

オープニングで「銭の花の色は清らかに白い。だが蕾は血がにじんだように赤く、その香りは汗の匂いがする」という主人公加代役の新珠三千代のナレーションが入った。

正子役の冨士眞奈美は牛乳瓶の底のような近眼鏡をかけ、静岡弁で「ちょっくら! 加代、おみゃーの出る幕じゃあ にゃーズラよ!」「加代!おみゃーの言うとおりにゃさせにゃーで!」「犬にやる飯はあってもおみゃーにやる飯はにゃーだで!」というようなセリフを口にして、視聴者に強烈な印象を与えた。

本作では「憎まれ役」だが意外にも視聴者の人気を得て、これらをパロディーにしたテレビCMも製作された。

冨士がCMの最後ににっこり微笑みながら眼鏡を外すシーンを見て、意外に美人なのがまた話題になった。以後、「どてらい男」の坂田軍曹役の藤岡重慶と並び 、「憎まれ役が人気者になる」パターンを作り上げた。

その後、放送局をフジテレビ系列に移し、1994年・1995年・2006年に金曜エンタテイメント枠で、2007年に金曜プレステージ枠でスペシャルドラマが放送された。

原作
花登筺『銭の花』(静岡新聞夕刊に連載されていた小説)。テレビドラマ化の際に、関東では銭という言葉に抵抗感があるという理由で、細うで繁盛記というタイトルに変更された。

大阪生まれの加代が、伊豆・熱川温泉の老舗旅館「山水館」の元に嫁ぎ、旅館を盛り立てていく物語。

大阪の料亭南地楼の孫娘加代は「こいさん」と呼ばれ、その時々に祖母ゆうから大阪商人の心構えを聞かされていた。そして、若い板前清さんにほのかな恋心をいだいていた。

しかし、終戦後南地楼は没落し、加代は騙されるようにして伊豆熱川の小さな旅館山水館の正吾の元に嫁ぐ。

熱川の旅館は伝統的な営業方針を守ろうとする福原屋派と、新しい時代の温泉ホテルへ変わろうとする大西館派に分かれていた。山水館は福原屋についていた。

結婚初夜、夫正吾は戦傷のため男としての努めを果たせない身体であることが分かる。加代は山水館をもり立てて大きな旅館にすることを夢見る。

復員してきたかつての恋人清二、南地楼の番頭の善三、仲居のお多福が加代の元に次々に集まってきた。しかし、伝統的な商売を続けていこうとする義父、正吾、正子はことごとく加代の夢の実現の邪魔をする。

ただ一人、義妹の春江だけが加代の味方となった。戦後の復興期の中で徐々に温泉地への客が増え始めていた。
加代はその商機をのがさず、新しいアイデアと温かい心遣いで徐々に客を増やし続けていく。そして十数年、山水館は熱川でも指折りの大旅館に成長する。
加代は夫とは言えない夫である正吾に操をたて(それは山水館の女将の立場を確保するためでもあるが)、恋心を抱く清二とは結ばれようとはしなかった。
義妹の春江が清二と結婚したいと申し出た時にそれを許し、正吾の妻、山水館の女将であり続けた。
続編では、加代は正子たちの策略にかかり山水館の経営権を奪われてしまう。失意の加代は、半島の西海岸にある土肥にあてもなく流されてしまう。
そこで安楽館の若い主人と知り合い、新しい旅館海花亭を開く。しかし、土肥は金鉱山の採掘に伴い源泉が枯れ温泉地として危機に瀕していた。
加代は俊作を助けて土肥温泉復活のために働いていく。善三たちが山中で見つけた新しい源泉によって土肥温泉は復活した。
次に客を運ぶためにバスを確保するように運動を続けた。一方熱川では、義妹春江と清二らの働きによって再び山水館の経営権は取り戻されていた。しかし、春江は清二の子供を産んだ後、亡くなってしまう。
その後加代は伊豆の稲取に新しい旅館松船閣を建ててその経営をお多福に任せる。そして山水館をますます大きく発展させていく。