福井から妻籠宿へ4日目・5(写真は全て2015年10月21日撮影)


↑ 妻籠宿の家並 ↓




↑ 郵便受け ↓










↑ 下嵯峨屋 ↓

下嵯峨屋
当初、三軒長屋であったものの一戸を昭和43年に解体復原しました。
妻籠宿に現存する民家では比較的古い形式をとどめています。大きな特徴として、柱に桧が使われていることが上げられ、木曽谷の民家としては大変珍しい建物です。
妻籠宿に現存する民家では比較的古い形式をとどめています。大きな特徴として、柱に桧が使われていることが上げられ、木曽谷の民家としては大変珍しい建物です。
当時の庶民の住居を代表する片土間に並列2間取の形式をよくとどめています(町指定有形文化財)。



旧下嵯峨屋(妻籠宿)
概要
旧下嵯峨屋は江戸時代中期の建物で江戸時代は妻籠宿で旅籠を営んできました。
旧下嵯峨屋は江戸時代中期の建物で江戸時代は妻籠宿で旅籠を営んできました。
木造平屋建、切妻、平入り、板葺き石置き、桁行3間(5.46m)、梁間5間(9.1m)、外壁は真壁造り土壁鏝押え、開口部はしとみ戸、出入口は大戸、軒が低く抑えられ当時の建築様式を良く残しています。
内部は天井が無く、向って左側が土間(通り庭)で建物最奥まで続き、右側の手前が囲炉裏付きの板間(12帖)、その奥に畳敷きの8畳間があり小規模な町屋の生活がうかがえます。
昭和43年(1968)に解体復元され柱に桧が使われているなど木曽谷の民家としては大変珍しい仕様になっています(前身の建物の用材を転用したものと推定されています)。
旧下嵯峨屋は江戸時代中期に建てられた小規模町屋建築の遺構として貴重な存在で、昭和49年(1974)に南木曽町指定有形文化財に指定されています。現在は南木曽町が所有し一般公開され内部見学できます。




