こんにちは
真矢奈尚です
あくまでもうちの場合ですが、次男が不登校になった原因の1つは、
家が心の安全基地になっていなかったっていうことが大きいと思っています。
安全基地ってひとことに言っても、
何がその子にとっての安全かは、本当にひとりひとり違うので、
それはそばで見てきたお母さん達が1番よくわかると思います。
あくまでもうちのケースなので参考程度に読んでみてください。
私の心の中でどんなことが起こっていたのか。
それがなぜ子供から安心を奪うことになっていたのか。
私の体験からの気付きを書いてみます。
次男が5年生で不登校になったのは10年ほど前。
うちは次男が不登校になるもっと前から
子供にとって安心していられるような雰囲気の家ではなかったと思います。
これは今だから言えること。
当時はこのままではなんとなく良くないだろうなと思いながらも、どうしたらいいかわからないまま日々が過ぎていた。
特に次男の癇癪についてはどうにかしなきゃならないとずっと試行錯誤していた。
切れやすい夫と、そんな夫の怒りの増幅装置になっていた私。
それでも今思うと癇癪持ちの次男と切れやすい夫の間に挟まれて、必死に解決しようとしていた自分は本当によく頑張っていたと思います。
家の中が常にピリピリしていたわけではないけど、
子供たちは(私もですが)夫の機嫌が悪くなりそうだと察知すると、
いつ切れるんだろうとビクビクしたり、
怒らせないように気を使ったりしていました。
今思うと私にも悪いところがあったけど、当時はそんなことは1mm も思わず、
夫の子供に対する発言や態度がいちいち気に入らなかった私。
怒っている夫が怖くて黙っていることもあれば言い返すこともありました。
「そんな言い方せんといて」
「理不尽なこと言わんといて」
「あんたのそういう所があかんのや」
こういうことを子供の前で言っていた(汗汗)
私なりに子供を守っているつもりでした。
子供達がかわいそう
将来どうなってしまうんだろう
人間不信になるんじゃないか
夫はわかっていない。
そんな夫は変わるべきだし、夫が間違っていることをわからせないといけない。
夫のことを全否定していました。
お互いにですが、怒りとか相手を責める感情がとても強く、
相手を尊重したり、謙虚に話し合うということからは程遠い状況でした。
自分のことを否定して責め立ててくるひとの意見なんて、私も聞きたくないし聞こうとも思えない。
しかも、このやり取りを子供の前でしてしまっていました。
後になってこういう私の態度をどう思っていたかと子供に聞いてみると、3人とも、
「2人とも良くない、ほんま最悪やったで。父さんに負けたくないから言い返すとかとか意味わからん。母さんのせいで余計に状況が悪くなるねん。」
ということを言っていました。
特に子育てについて私は正しい、夫は間違っているっていう思い込みが強く、夫が何か子供に言おうとしても私が遮ってしまうことがよくあったなと思い出します。
今はわかりますが、夫の意見も大事な意見のひとつだったんです。
私も夫もお互いの意見がちがっていたとしてもそれを認め合って、
2人の意見をすり合わせしてから子どもに伝えたらよかったと思うし、
お父さんとお母さんは別々の意見なんだけどと2人共の意見を伝えて子供に考えさせるのも良かったかもしれない。
夫と私の意見とは違っていたけど、そんな考え方もあるんだねと言えたらよかったなあ…
悲しいかな私の頭はガチガチだった。
私は子供のことを安心させたくて、必死に夫を変えようとしていたのですが、
夫は全く変わらなかったし、
それが逆に子供から安心を奪うことになっていました。
夫の機嫌を逆撫でして、子供に不快感を与えたり、小さい時だったらとっても怖いおもいをさせていたと思います。
そして私が夫のやることにあれこれ口出しすることで、
夫と分かりあえない関係がどんどん強化されていった。
夫婦が言い合いをしていることを子供の前で見せることで、
ただ怒りをぶつけ合うだけのコミュニケーションのやり方を見せてしまった。
これは反面教師でそうならないようにしようと思う子もいると思いますし、
悪い事とひとくくりにはできないですが…
私が両親のコミュニケーションから受けた影響はこんな感じでした。
私は子供の頃、父が母の言うことを理解してあげていないと感じていました。
学校でいじめにあっている弟のことで父と母は意見が合わず、いつも平行線だった。
お父さんはお母さんの言うことをなんでわかってくれないんだ。
弟のいじめをなんとかして欲しかった私は、2人の間に入って一生懸命通訳をしようとしていた記憶があります。
何でわかってくれないんだという悲しみ。
お母さんの役に立っている自分はいい子。
その時にできた思い込みが強く、大人になって今度はわかってほしいという思いを夫に向けてしまった私。
夫にわかってくれないというレッテルを貼ってしまっていたのです。
安心できる家という意味で今もう1つ思いを思い浮かぶことがあります。
元々学校など外では気を張るタイプだった次男が家に帰って安心できなかったことが、不登校の原因として大きかったと思う。
これは次男も後に振り返って言っていました。
「俺はどっちかって言うと学校とか外では気を張るタイプやと思うけど、家でも気を張っているような状態だった。あれは原因としては大きかったと思う。」
外でストレスがあっても、家で元気を充電出来ればいいけど、
それが出来ないで積み重なったものは大きかったんじゃないかと思う。
ストレスから癇癪を起こす。そんな次男をそのまま受け止めることは、私にとっては至難の技でした。
なぜこの子はみんなが普通にできることができないんだろう。
夜寝ることができないんだろう
なんでこんなに暴れるんだろう。
どんなやり方で対応したら穏やかに過ごしてくれるんだろう。
その時の私は他人と比較したり、やり方の正解を探したり、外側に答えを求めていました。
それはどうしたらいいかわからなかったし、仕方なかったことだと思っています。
次男が癇癪を起こしたときは、
冷静に対応しなきゃと思いつつも、私の心が大きく揺さぶられ怒りが爆発してしまうことも多々ありました。
この自分の怒りを感じていた時のことを後になって思い出すといろんな気持ちが出てきました。
どうしたらいいかわからない戸惑いや、
自分には解決できないという無力感、
嫌だ逃げ出したいという気持ち、
なんで私ばっかりこんな目に遭うんだという絶望感、
次男をこんな目に合わせているのは自分のせいだという罪悪感、
これらの対処できない気持ちが一緒くたになって怒りとなって爆発していました。
まずは自分の中にこういう気持ちがあることに気づいて見てあげることができれば、
次男の癇癪をもう少し違った視点から見ることも可能になっていたと思います。
過ぎてしまったことなので、結果論と言われてしまうかもしれませんが、
今でも子供に対して感情が強く動いた時なんかは、自分の内面を見ることで対処しやすくなることがよくあるので、
自分の気持ちに振り回されないで、目の前の子供を受け入れるには、
まずは自分の気持ちを整理するのが近道になるということは、体感としてあります。
親が自分の気持ちを自分で理解し、偏ったものの見方からくる勘違いに気がつくこと。
私の場合、たくさんある勘違いのなかのひとつが「夫はまちがっているし分かってくれない」だった。
みたくない自分の気持ちを見ていくわけですから、楽な作業ではありません。
ですが、本当の自分の気持ちが分かった時、
私はいつも、とても救われたというか、安心したような気持ちになります。
悲しみとか虚しさとか、そういった感情を実際に自分の中に感じた時、
他の人の中にもそれを見ることができるようになる。
そうか、私のこの辛い感情、同じではないかもしれないけど、夫も何かしんどさを感じていたかもしれない、
そのような内面の変化は行動の変化につながります。
相手とのコミュニケーションが変わるきっかけにもなりました。
私の場合、家の雰囲気を良くするためにできることは、
自分の心の整理、そして家族とのコミュニケーション。
とはいえ、私もまだまだで…
夫と言い合いになることもしょっちゅうあります(笑)
そんな時はノートを出して自分の気持ちを聞いてあげてというサインでもあります。


