こんにちは
真矢奈尚です
私が学んできた心の学びは、
自分の中にある見たくない感情や、
自分でも認めたくない部分と向き合っていくものでした。
だから私は、次男の言う「コンプレックスが学びの単元」という言葉に、私が学んできたことと通ずるものがあると感じたのです。
次男と私の間ではルールがあり、
次男のことをブログに書く時は、私の想像で事実と違うことを書いていないか次男に読んでもらっています。
前回の記事について次男と話しているうちに、次男が不登校になってからの心の学びが垣間見えたので、
今お子さんが動けないと悩んでいる方の何かになればと思い、本日2投稿目となりますが、書いていきたいと思います。
次男「どんな問題でも苦しくてもあきらめずに向き合ったら何かしら自分なりの答えは出せるやろ?手伝ってもらわないで自分でやったら時間はすごいかかるかもしれんけど。」
「そうかもしれんなあ。母さん自分のこと思い出すと、グルグル考えていくらがんばっても解決しなくて自分で何とかすることをあきらめたのかも。
でも、何か問題があるとき、今の自分の視点から抜け出さないと解決は難しいと思うけど、
あの時の母さんはそれを助けてもらわないでやるのが難しかったと思う。
渦中の視点から抜け出す方法を教えてもらったと思ってる。」
次男「確かにグルグルするのは危険やな。命の危険もあるかもしれん。
俺は食べ物もあるししんどかったらベッドに入ればよかったし、環境がよかったと思う。
俺はなんで生まれたかなんて、今の科学で宇宙の成り立ちもわかってないのにわかるわけないけど、
とことんグルグルして色んなことに気づいたというか、考えてもしかたないとあきらめたんやと思う。
それでただ本能に従う人間という動物として生きていくしかないっていう所にいきついた。」
私「そやな、グルグルは危険やな。精神的に病んでしまう人たくさんいるし。」
次男「そう考えたら俺6年くらいグルグルしてそれでもなんとかやってこれたけど長いな。これと同じこと人にやれとは言えんかも。
教えてもらってその時間が短くなるなら全然ええんかもと思ってきた。」
「やっぱバランスやな。家計に余裕がある人は全然いいと思うけど、そうじゃない人がわざわざお金を払って講座を受けるのは違うと思う、今の母さんみたいに(笑)。」
過去の私は次男に対しても自分に対しても
"なかなか動き出さない。止まってしまっている"
数え切れないほどそう思うことがあったけど、
やはり次男は止まってなどいなかったんだと再確認した思いです。(私もね)
人それぞれ道も目的地も違えど、無駄な時間なんてないんだと思います。

