次男の不登校に悩んで色々と調べていた頃、
私は家族心理学という考え方に出会いました。
初めて読んだ時、これは解決のヒントになるかもしれないと感じたのを覚えています。
こんな内容でした。
↓
家族のバランスのゆがみが生じている時、誰かがそれを表に出す役割を担わないといけなくなる。
その役割をたまたま子供が引き受けた時、引きこもりや不登校になる。
次男がその役割を引き受けてくれているかどうかはよくわからなかったけど、家の雰囲気が良くないのはその時感じていました。
バランスってなんなんだろう?
それもよく分からなかった。
家族全員が受ける家族療法というカウンセリングを受けてみたいと思いましたが、
夫をはじめ私以外の家族全員がカウンセリングをいやがるのは目に見えており、
どうしたものかと途方にくれていたのを思い出します。
子供より先に親が変わろうと言う言葉を他でもよく目にしていました。
そして、また別に
私が自分の心と向き合うことで子供の不登校や家族の問題も解決していく、
UMI マスターコースという講座があることも知っていました。
これなら私ひとりがやればいい。
それでもなかなか勇気が出せずにいた。
受講料が高かったし、仕事をしながら出来るか自信もなく、一歩踏み出す勇気はなかなか出なかったです。
講座を受ける前を思い出すと、
不登校初期(5年生)に比べれば乱暴なこともなくなり話も出来るようになってきて、だいぶ落ち着いていました。
日々ゲーム三昧の昼夜逆転。
eスポーツや動画編集に没頭していました。
その頃は、ご飯の時声をかけても自分の部屋で1人で食べることが多かった。
まだ夫と次男の関係がギクシャクしていたし、家族を避けているように見えて、悲しかったのを思い出します。
家族揃って楽しくご飯を食べたい。
どうすればいいんだろう…
色々悩みはありつつ、
いやそれでもこうやって次男のペースで好きな事をやりながら過ごしていくうちにいずれは良くなっていくはずだと自分に言い聞かせながらの日々。
どこかでずっと正解がほしかった。
それからこんなこともあった。
中学生の数ヶ月、ネットのフリースクールに入っていました。
ある日のオンライン説明会の最中、次男は先生の話を聞きながら紙に絵を描き出したんです。
その姿を見た私は怒りが抑えられなくなりました。
ちゃんとやれよ!!
って。
感情が爆発してどんな言葉を投げつけたかは覚えていませんが、ヒステリックに色々とまくし立てたことは覚えています(汗)
その時の次男は冷静でした。
「ちょっとちょっと母さん落ち着いて」と。
その後猛反省して次男に謝りました。
感情的になりすぎた。
でも抑えられなかったです。
そして気が付きました。
"不登校でもいい、元気でいてくれたらいい。"と思っていても、
同時にやはり次男の将来が心配で仕方ない自分がいる。
次男より私を先になんとかしたほうがいいのかも…
じゃないと中3で進路を決める時や、万が一高校に行くことになったとしても、また私が次男のじゃまをしてしまうかもしれない。
"先の見えない次男の人生に寄り添える自分になりたい。"
心のことを学べばなんとかなるかもしれないと感じていました。
若い頃から心理学に興味があったので、そういう意味では自分のためでもあったと思いますが、
次男が中2のとき、やっと講座を受ける決心ができました。
講座を知ってから2年が過ぎていました。
講座が始まると、予想外にもそれまで見ないようにしてきた夫への不満や不信感、嫌悪感と向き合う時間が圧倒的に多かった。
(夫婦関係を改善したいと思って受講したわけではなかったのです)
ずっと気がついていなかったけど、私は夫とのやりとりで何十年も、気持ちに蓋をし続けていて、それが様々な所に不都合をおこしていた。
それは次男の不登校と切っても切り離せないものでした。
避けてきた嫌な感情と向き合うのは楽ではなかったし時間もかかりました。
でも今思うと充実した日々でした(笑)
冒頭の家族のバランスが歪んでいるという話がありましたが、
やはりうちの場合は当てはまる部分が多かったと思います。
自分の内面と向き合っていくにつれ、客観的に自分の家庭でどんなことが起こっていたのかが見えるようになっていき、バランスが崩れていた原因も見えてきました。
夫婦関係の変化により家の雰囲気もかわり始め、ゆっくりではありますが次男にも変化を感じるようになりました。
ですので、私にとっては心と向き合うやり方を身につけることができたこの講座は大きな転機だったと思います。
気づきや変化がどんな風に起こるかは人により千差万別だと思います。
本を読むことで変わる人、
実体験からの気づきで変わる人、
私みたいに講座を受けて変わる人、
私の経験が全員に当てはまるとは思っていません。
でも子供が動けなくなった時、何かそれまで見落としてきたことはなかったか振り返るタイミングなのかもしれないと、
その視点をもつことは決して無駄にはならないんじゃないかと感じています。


