こんにちは
真矢 奈尚(まや ななお)です
不登校になったことを受け入れようとして、
私はどうにかこのことを息子や私にとって良かった出来事として解釈しようとしていた時期がありました。
時間が経って行くうちに
やっぱり学校に行って欲しかったという気持ちがあることに気が付き、それも受け入れるようになってきました。
不登校になって全部よかったなんて思わなくって良かったんですね。
これいつも書いていることですが
起こっていること全てに
良いように見える面と悪いように見える面があります。
厳密に言えば良いも悪いもありません。
良いとこ悪いとか意味付けして解釈しているのは自分だけなのです。
それでこの時一番大切なのが、
自分がどう解釈してどう感じているかっていうことに気づいてあげることです。
それでも自分が否定している感情は感じると不快だし、蓋をしていて気づきにくいので、
そういう時やっぱりカウンセリングを受けるといいと思います。
否定している自分に気づいたら否定してたんだ。ってまたそれも気づくだけでも苦しさが減りますよ。
それを繰り返していると徐々に自分の苦しみが和らいできます。
ちょっとまとめますと。。
不登校になったからこそ良かったことに気づくより大切なことは、
自分が感じている色んな感情に気がつくこと。
そして色んな感情があると思いますが、自分が感じるのを許せないような感情もあります。
その感情を感じる自分をダメだって思うなら
そのダメだって思っていることをそのままにしておいてあげる。
感情は感じることでいずれは消えていきます。
私は自分が不登校ということをポジティブに受け入れることで楽になれると思っていましたが、少し違っていて。。。
不登校のおかげで気がつくことができたことはほんとにたくさんあったんだけど、
"不登校になって欲しくなかった"
などのネガティブな感情もすべてあってよくて、
その両方の自分の感情に存在に気がつくこと。
全部自分です。
このネガティブな部分に蓋をしているのが自己否定で、生きづらさにつながるし、
子供のネガティブな話を聞くのが辛かったりするのも、ここから来ていることが多いです。
そうやってネガティブな感情も見つつ、
いや、良かったと思えることもあったよね、
と両方あっていいのです。
不登校になって良かったか良くなかったかなんて、本人にもわからないのです。
その答えがわかったところで私は何を期待していたんだろう。
たぶん辛かったから、その答えに逃げていたのかもしれない。
そこに解決策があるように感じていたのかもしれない。
全てに答えを求めてしまいがちです。
でも厳しいけど結局は本人が自分のペースで向き合っていく問題なんですね。
ではでは
お読み頂きありがとうございます

