こんにちは
真矢 奈尚(まや ななお)です




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今日は今朝感じたことをそのまま書きます。
伝わるか分からないけど。。
伝われば幸いですハート




子供が不登校になったとき、



この子の人生もう終わりなんだろうか?



そんなふうに思いました。



一通りの学校を卒業
↓
仕事に就く
↓
結婚
↓
↓

こうして続いていく
自分もたどってきた人生しか想像できなかった。



すごろくみたいに学校卒業などひとつひとつのマスを通っていくことが人生。



だからそれが絶たれたとたん、
人生終わった。。?
と思った。



それまで人生や生きることについて深く考えようとしても、



雲をつかむみたいで自分なりの答えが出せたことはなく、ただ日々に追われていました。



今思うこと、




それは日々一瞬一瞬が積み重なってその人の人生になるということ。
一瞬一瞬が人生だということ。



人から評価されるものではないこと。




何をしたとか、経歴より、




自分がどうありたいかを大切にしたいです。
(あくまでもそうありたいという想い、実際どうかは置いておいて)



全然私は立派でもなんでもないけど、
自分が大事にしている人や自分自身、



自分の想いを大切に日々を過ごしたい。




抽象的で伝わりにくいかもしれませんが。




不登校になった。
ということより。。



そこから日々体験することが、子ども本人や家族には必要で。



日々ひとつ体験するごとにまた次の体験がやってくる。









できたら苦労はしたくない。
なんで私だけこんな目に。。。


でも一見幸せそうに見える人も皆苦労はあります。
絶対です。



陰陽説っていうとうさんくさいと言われそうですが、



マイナスとプラス、バランスをとるようになっています。




ズドンと大きく落ちたらその分何処かで大きく上がる。




少し落ちたら少し上がる。




人生の振れ幅の大きさは人それぞれです。



良い時があれば悪い時もある。



そして一見悪いことの裏には良いこともあるのです。




不登校になった、それは人生の一部分表面の出来事にすぎないです。



不登校、病気、一見悪い出来事と思える経験をすると、人は我に返るというか、



その人それぞれ、何か見落としてきた大切なことに気がついたりします。






いや、不登校になって本当に大変なんだよ、そんなふうに思えないよ、と言われそうだし私もそう思いますが。。。



この子の人生で本当に大切なことってなんだろうとずっと悩んできて、
今日私が改めて思ったことは



日々、目の前の子供、自分自身の悲しみ楽しみ、それを経験することに価値がある。



過去の後悔、未来の心配
それをしているひまがあるなら全力で今出来ることをしたい。
楽しんでもいいし落ち込んでもいいし。
いろんなことを面白がりながら。



私が見落としてきたきたことでの気づきは今の所こんな感じです。








お読み頂きありがとうございますハート