こんにちは
はるです![]()
次男は小学5年生から5年間の不登校を経て現在は
ネットの高校に在席。
私はカウンセラーを目ざしています。
心の学びから自分の気持ちに気がつくことの
大切さを教えてもらいました。
もうすぐ自然学校(4泊5日)の長女。
すごーく楽しみなようで![]()
準備も張り切っています!
でも。。。それと同時に怖さと不安があるようで![]()
「家族と離れているときに地震が来て、
家族みんなに会えなくなったらどうしよう
」
「自然学校休みたいなぁ
怖いな。。」
と漏らしていました。
そっかぁ、私もわかる気がする。
私は
先日映画を見に映画館に行きました
行く前はウキウキ
していたんですが、
すごく見たかった映画だったので
いざ映画館に入るとよぎる不安。。
「これ、今地震が来たら逃げられないんじゃないか?
」
映画が始まってからもしばらくは落ち着かなかった
娘の怖がりは私譲りだと思います。
私は子供の頃は毎晩寝る前に
色々と「〇〇が起こりませんよう」に
(地震、家事、泥棒。。)
と何度も何度も手を合わせてお願いしてからじゃないと怖くて寝れなかった
それを思い出すにつけてもやっぱり娘の気持ちわかる気がするなぁと思います。
以前の私は自分の気持に蓋をしていたし、
子供の頃自分が怖がりだったこともすっかり忘れていました
それで子供が怖がったり不安がったりしたとき、
ただ受け止めることがどういうことかわからなかったし、
気持ちを切換えてほしくてこんな言葉をかけていました。
大丈夫だと思うよ。
やってみようよ。
って勇気づけたり、
どうしてこわいの?
としつこく理由を探ったりしていました。
(理由を探っていたのは原因を知って怖いことを解決しなければというコントロールの意識からでした。
)
怖がりは良くないこと、この先困る、
直せるなら直してやりたいという思いがありました。
ということは私の中に
怖がりな子=困った子
という思いが無意識にでもあったということです。
でもそうやって
「大丈夫だよ」とか
もし子供の頃の自分が言われたらどうかな?
怖がりな子=困った子
という目で見られたらどうかな?
と自分に置き換えてみると、
私のこんなに怖い気持ちを
わかってくれない
とか
私ってダメなんかな?
っておもうだろうと思います。
これは自己否定につながるんです。
お母さんからしたら子供のことを否定していないつもりでも、
子供からしたら、自分の気持ちを否定されることは、
自分自身を否定されることと同じなんですね。
怖がっている子をどうにかしようというコントロールの意識がゼロの状態で
ただただ
そっかあ、怖いんだね、休みたいんだね
って受け止めてくれたら、
抱えきれない気持ちを一緒に共有してもらえたら、
いくらか心が軽くなる
と思いませんか?
怖がってもいい。
不安でもいい。
どんな自分でもいい。
子供も大人も、みんなどんな自分でもいいんです
どんな自分でもいいってなかなか思えなかったりしますが、
それでも
すこしずつでもお母さんが自分自身の今までを振り返り、
受け入れていくと、
子供のことも受け入れたり寄り添うことが
やりやすくなります
ではでは![]()
お読みいただきありがとうございます![]()
