こんにちは♪

はるですニコ


今日は関西は暑いくらいでした。






前回、旦那への激しい怒りについて書きました。


この時の私の感情、やってもらうなら感謝のきもちを持ちなさいよということについて、急に思い出したことがあったので書いてみようと思います。


ふと思い出したんですが、私は幼い頃父親から

、「もっと感謝の気持ちを持たないとだめ」

ということをよく言われていました。


感謝の気持ちが足りない、と言われた時の私の気持ちを思い出しました。


感謝の気持ちを持てない自分ってダメな人間なんだなということでした。

私ってなんで感謝できないのかな??

そんな私って悪い人間??

そんなふうに感じていました。


父親はしつけのために何回もこのことを私に言っていました。


何回もこの事を言われた私の中は、その度に感謝できない私はダメな人間というのが刷り込まれていったと思います。


何気ない注意でも、言い方次第で子供ってそういうふうにとらえてしまうのかもしれませんね。


私も言い方に気を付けようと思いました。




子供の頃のことを思い出すと、私は人に感謝するということがあまりありませんでした。


そもそも感謝するというのはどういうことなのかよく分かりませんでした。


それを質問することはありませんでしたが。


私は例えば大人になってからお金がない経験をして、初めてお金にありがたさを感じる、当たり前にご飯がたべられることなど感謝できるようになったと思います。



他の事に関してもそうです。


子供が不登校になりその後元気が出てきて子供が元気なことのありがたさをしみじみと感謝する。


不幸のどん底に突き落とされてその後ごく普通の日常にしみじみと感謝する。


子供の頃は親に育ててもらうのは当たり前だと思っていました。


つまり始めからあるものに対して感謝をしろと言われてもできなかったです。


私が変なのかもしれませんが私はそうでした。


今思うと私はそういう人間なのでそのままでいって言ったらおかしいですけど、自分で自分はこれでいいと思えたら良かったんですが、自分軸のない人間なので人から責められると自分はダメな人間だと思ってしまいます。


父は私をまっとうな人間に育てるためにごく当たり前のこととして伝えただけなんですが、私は私の人格を全否定されたように捉えていました。


こういった事が重なって自己否定が強くなっていったように思います。


自己否定が強くなる原因はわりとささやかなごくありふれた日常のなかにもありました。


ちょっと自分の子供の頃の感覚を思い出し、伝え方ひとつで、受け取る側は全く違った捉え方になるんだなと思ったので、忘れないように

今日はこの内容で書かせてもらいました。


同じ内容でも伝え方を変えれば、愛情を伝えることだってできますよね。


ああ、母さんは自分のことが大事だから言ってくれてるんだなと受け取ってくれたらお互いに幸せな関係を築けると思います。



幼い頃に父親からもっと感謝しなさいと言われた具体的な出来事を思い出すことができたら、この出来事の書き換えができて、少しは自分の捉え癖が緩むかもしれません。



最後までお読みいただきありがとうございましたドキドキ

ではまた音譜