こんにちわ虹

はるですニコ

 

ブログを始めて1週間。

少しペースダウンしています〜ぶー

 

 

子供たちと散歩中、ちょっと終わりかけのコスモス達キラキラ

 

 

 

 

先日の私の記事、「小学1年生の頃からの困りごと」をUMI受講時担当講師だった

野田裕佳里さんがリブログしてくださいましたラブラブ

 

私がこの記事に書いていた、むずむず脚症候群。

この症状で困っている方の話を聞いたことが全くなかったので、ごく稀なケースかと思っていました。

それでも、私達親子は長年苦しんだので、少数の方でも情報が必要な方に届きますようにと思って書いていました。

ところが実際、むずむず脚症候群を疑われるような症状に悩まれている方は、結構いらっしゃるようです。

 

裕佳里さんの記事にとても詳しい情報があるのでご覧くださいほっこり

 

今日は、息子が5年生で暴れて手がつけられなかったとき、

どんな対応をしていたか、一部ですが書いてみたいと思います。

 

暴れていた原因は色々あったと思いますが、その中のひとつが、ムズムズ脚症候群の症状の中の挑戦的になるということと関係があったのかもしれません。

 

祐佳里さんの記事にもあるように、ストレス、栄養不足、の悪循環だったと思います。

 

 

 

 

子供さんが反抗的と言っても、ケースによって対応が違います。

 

あくまでもうちの場合ですほっこり

気になる方は読まれてみてください。

 

 

息子が荒れていた当時のことを思い出すと、

自分でも暴れるのを止めることが出来ないという感じでした。

 

そうなるまでの経緯はたくさんありましたが、今回は大まかに書きます。

私達両親が息子の生きづらさをしっかり理解して対処することができなかった為に、お互いストレスをためて悪循環になっており、親子関係がうまくいかなくなっていた。

学校でのストレスを家でうまく解消できていなかった。

(症状が一番ひどかったのは不登校初期からなんですが、実際には小学一年生のころからストレスから暴れることが度々ありました)

 

不登校になってからは目つきはいつも鋭くて、まともに会話が出来ない。

ジャンクフードにかたよった食事しか出来ない。

どうにもならない苦しみイライラを私にぶつけて、暴れることを毎日していました。

相変わらず寝付きも悪く、

夜中まで暴れたり泣いたり、死にたいと叫んだり、お互いアザも作っていました(汗)

 

野菜は食べないと断固拒否していたので、鉄分も不足していただろうと容易に予想出来ます。

 

そのときはまだ私はUMIのことは知らなくて、

伊藤幸弘先生とおっしゃる方(今まで何人もの心を閉ざした子供達を立ち直らせてきた方)の情報を参考にさせていただいていました。

 

この荒れた状況の原因、解決方法をもとめて、伊藤先生の考え方を参考に、試行錯誤していました。

 

日々悩み、色んなことを調べたりしていくうち、この子はほんとはすごく優しくていい子なんだ、

それをつぶしてしまったのは自分だったのかもということを考えるようになりました。

次男は他の子よりもっとより多くの愛情を必要とするタイプだったのですが、私がそのことに気づくことが出来なかった為、愛情不足だったんだと気づきました。

もともと気持ちの切替が苦手で生活面で困りごとが多く、親子共にストレスがすごかったです。

それと、独特な物事の捉え方や表現をするため、本人は悪気はないのに誤解されやすいということもありました。

それで、私も次男の意図することがわかっていれば怒る必要がないような場面で、早とちりして怒ってしまっていたことがたくさんあったんだと言うことに気が付きました。

そのようなことの繰り返しで、息子の心は深く傷ついていたと思います。

本当に可愛いそうなことをしてしまいました。

ストレスもすごかったんだと思います。

 

 

不登校になって息子は1日中ゲームをしていたので、その横に座って、まずゲームのことに興味をもち、質問したり、話しかける所からはじまりました。

 

はじめは無視されたり、きれられたりしましたが、忍耐強くつづけました。

 

そこから少しずつタイミングを見ながら、心配しなくても大丈夫、母さんは何があってもあんたの味方だから。。

と伝えて行きました。

今まで私がしてしまった過ちを謝りました。

 

人間不信に陥っている、私のことも完全に信じられないやつだとなっているので、ちょっとやそっとでは、変わらなかったです。

 

とにかく信じてあきらめずに、自分が産んだ子なんだから、この子を助けられるのは私だけなんだ。

もう1度以前のような息子の笑顔が見たい、その一心でした。

 

怒って嫌そうにしているように見えても、子供は救いをもとめています。

どんなに荒れて反抗的な態度でも、気にかけられたらやっぱり子供は嬉しいんだということを伊藤先生はよく言われていました。

それと、こどもとのささいな約束を忘れないということも大事です。(おかし買ってきてとかそんなことです)

いつも気にかけているよということを態度でしめすのを意識していました。

私は、それが苦手だったのでショック

 

主人はあまりにひどい時には厳しくしかる役でした。

今思うと、それをすすんで引き受けてくれていたことに、尊敬と感謝しかありません。

 

(最近まで、主人はわからずやで非協力的、私一人で頑張っていると思いこんでいたんですけどね)

 

私は息子が叱られたあと、父さんは言わないけどあんたの事大事だから怒るんだよとフォローをしていました。

 

投げかけた言葉はしっかり届いていたなというのはあとから実感しました。

 

その後も色々とありましたが、半年ほど立った頃から、少しずつ息子の行動がおちつきだしました。

そのときも、三歩進んで二歩下がるでした。

はっきりとこれが解決の決め手だったというのは正直わかりません。

 

 

今ムズムズして眠れないことがあるか聞いてみました。

 

今は全くないそうです。

あのときの気持ち悪いのはほんとに大変だった

、たぶん言葉で言い表し難く、耐え難い気持ち悪さなんだと思います。そのようなことを本人は言っていました。

今は優しい笑顔を見せてくれることがありがたく、すべてに感謝の気持です。

 

 

今覚えていることをつらつらと書いてみました。

 

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございますドキドキ

ではまた音譜