さとりの化け物   

 

 

「さあはやくかんがえて かんがえることがなくなったら

喰われてしまいますよ」

 

ギーギー軋むような声が 焚火の向こうから聞こえます。

 

 

 

 

 

 

 

ああ どうしよう 何か考えないと。

 

「ああ どうしよう なにかかんがえなきゃとおもいましたね、さぁはやくかんがえて」

 

次!

次は・・・

考えないとおれは喰われてしまう。

こんな山の中で たった一人で!

 

「こんなやまのなかで たったひとりでしんでいたら   ですか?」

ケケケ 化け物の声は嘲笑っているかのようでした。

 

そうだ!子供の頃からの出来事をおもいだしていればいいんだ

そうすれば そのうちに夜もあけるだろう。

そうすればきっと。

 

「さぁ こどものころのはなしを きかせてください」

 

俺は 俺はどこで産まれたんだっけ

あ、あれ?

母親の顔が思い出せない

 

 

 

 

 

 

ケケケ

化け物の避けた口の中に全てが吸い込まれてゆくように

頭の中が真っ白になってゆきました。

 

もうダメだ

何も思い出せない なにも・・・

 

「もうダメだ、なにもおもいうかばない そうおもいまし    ぎゃぁ!

 

 

 

 

雪山に木が裂けたような声が響きました。

 

いきなり、焚火の中の枯れ枝についた実がパンと弾け

化け物の目に飛んできたのです。

 

 

 

 

 

こいつを腹いっぱい喰えるとヨダレをたらしていた化け物は

しまった!

人は思ったより賢いのか

頭の中で考えないでも 石を投げてくることが出来るのか

 

これでは こいつを喰えない 喰えない

ギーギーギー

 

 

 

 

 

 

化け物は唖然としている旅人を残し

ピタピタと暗い森の中に消えてゆきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それ以来 さとりの化け物は

人前に現れる事はなくなったといいます。

 

でもね、

最近また 人中に紛れているらしいといいます。

 

 

もの静かな中年の男性の姿であったり

色白で聴き上手な娘の姿であったり

油断した心に入り込んでくるのだとか。

 

 

 

 

ほら、みなさんのすぐ近くにも。

 

注意して

 

注意して

 

注意して

 

ギーギーギー

 

 

 

 

 

 

 

 

おわり。