私は、幼稚園の時の先生が大嫌いだった。

当時(昭和のころ)、幼稚園の給食は、残してはダメ!

という恐ろしい決まりがあった。

4月生まれから3月生まれまで、体格も様々な幼稚園児なのに、食べる量は全員同じで、決められていた。

私は、小食、食べるのも遅く、時間内に食べることができなかった。

毎日、給食の時間の後もずっと食べ続けていた。

というか、食べ終わるまでが給食の時間だった。

みんなはすでに、次の授業が始まっていた。

私は一人給食を食べていた。

先生が見ていないときに、こっそりパンをポケットに隠そうとして何度も見つかり、怒られた。

そして、先生は、私の母に、パンを隠したことを告げ口。

幼稚園に通ってた時は給食が大嫌いだった。

 

ずーっと、幼稚園の先生が嫌いで、ほんの数か月前まで先生のことを恨んでいた。

 

母には、

「幼稚園の時、給食が食べれなかったことを担任の先生に言ってほしかった。

なんで、言ってくれんかったん?」

って、大人になって愚痴ったこともある。

 

母は、

「あの頃は、先生にいろいろ言えなかった」

と。。。

 

私にも息子が生まれ、幼稚園に通うようになり、私のような思いはさせたくないと思っていた。

だが、時代は変わっていた。

給食は、全部食べなくてもよくなっていた。

時間内に食べれなかったら、残しても大丈夫だった。

 

ほっとした。。。

 

でも、私の幼稚園時代のあの苦しみが消えるわけではなかった。

ずっとあの時の先生のことが許せなかった。

先生の名前は。。。S先生。

いまでも覚えている。

 

数か月前、ある人が、

「小学生の時のいじめっ子に、大人になってから会ったとき、仕返ししたくなった」

みたいなことを言った。

私は、

「ええええ、そんな昔のこと、まだ根に持ってるんだ」

って答えた。

 

あれ???

私、幼稚園の時のこと、根に持ってる。。。

その時、気づいた。

もう許そう!

 

あの幼稚園のつらかった思い出。

 

先生は新米だったから、マニュアル通りにしか教育ができなかったんだ。

ちょっと古い教育方針だったんだ。

でも、先生が母に告げ口したとき、母が私にそのことで怒っただろうか?

いや、怒らなかった。

私が給食を食べられなかったこと、母に怒られたことはなかった。

一度も怒られなかった。

先生には怒られたけど、母には怒られてない。

 

先生のこと、許そう。。。

そして、母の愛に感謝しよう。

 

昭和の時代からずっと抱いていた先生への恨み。

令和になる少し前に手放した。

 

私が私を守るために作った鎧を一つ取った瞬間だった。

 

許すって、軽くなることなんだ。