おはようございます。
いつもありがとうございます。
我が家の歴史の中での出逢い、わんこがいたことがあります。
もう何十年も前の、私が高校生くらいの頃の、忘れられない出来事です。
家の前の道路に、子犬が車に後ろ足を轢かれたらしく、動けなくなっていたので、見つけた私が保護しました。
どうやら、骨折をしているみたいだったので、段ボール箱の中にタオルを敷き、後ろ足辺りをカイロで温めるようにしていました。
しばらくして、足の骨折の方も良くなり、歩けるようになりました。
この頃(私が高校生の頃)は、わんこを番犬として飼われている人達はいましたが、現在のように室内飼いをしている方々は、あまりいなかった、振り返ってみますと、そんな風でした。
犬小屋を用意して、お外で暮らしていました。
名前は、私が「ちび」とつけました。
お散歩は、私の役目でしたが、ちびさんが行きたがっていたのに、直ぐには行かなかったりして、ごはんも、現在のドッグフードのような美味しい食事ではなく、残り物を食べさせたり、だったように思い出されます。
愛情を注いであげられなかったこと、当時は、私が未熟で至らなかったばかりに、あまり気にもしなかったのですが、ちびさんは、もっとお散歩に連れ出してくれたり、ごはんも美味しいものを食べたかったり、遊んで欲しかったり、という気持ちでいただろうな、と、今になって、とても後悔しています。
雪だるまが写っているので、冷え込んだ日だったと思いますが、ちびさんは、お外で寒い想いをしただろうな、と、この写真を見ると、ちびさんの表情が悲しげで、心が痛みます。
今、室内飼いをしている、幸せなわんこさん達を目にすると、ちびさんのことが深い後悔となって、思い忍ばれます。
ちびさんは、ある日の夜中に体調が急変し、獣医師さんが来てくださる朝まで、ずっと苦しそうでしたが、夜通し付き添い、お医者様が間に合わずに、最期は私が看取りました。
ちびさんは、幸せな犬生だったとは、とてもそうは言えないです。
悔やんでも悔やみきれない後悔の想いは、私の中でいまだに、ごめんなさい、という気持ちがずーっと残ったままです。
今ならばわかる、愛情たっぷりに家族の一員として暮らせなかった、夏は暑く、冬は寒い、お外暮らしで、番犬のままだった、そんな風に、私は自分を後悔という想いで、いまだに責め続けています。
今朝は、長年抱えていた後悔の想いを吐露してしまいました。
命を預かる時、家族に迎える時に、皆様は、きっと愛情深く接していると思います。
ちびさん、ごめんね。
お空の上で、幸せに過ごしてるかな?
いつか私がちびさんのいるところに向かう時、逢ってくれるかな?
その時は、許してくれなくてもいいから、せめて謝らせてね。
本当にごめんね、ちびさん。
ご訪問ありがとうございます。
今朝は、私の後悔を吐露した暗いお話しでしたが、聞いてくださった皆様には、いろいろと想うところがおありかと思います。
ひとつの命という重みを、私は大切にしなかった、
その想いは消えません。
今は、空の上のちびさんの幸せを祈ることしか出来ない、取り返しがつかないけれど、後悔をお祈りという気持ちで、謝り、ちびさんの幸せを願っています。
全ての命たちの幸せをお祈りさせていただきます。
皆様には、お話し聞いてくださって、ありがとうございます。
今日という、かけがえのない1日を、皆様、幸せにお過ごしください。
