感受性が強いと、
嬉しいことも、
人の何倍も味わえますが、
苦しいことや、
辛いことも、
人の何倍も味わってしまいます。
わたしは、
小さい頃から、
異常に感受性が強く、
それで苦しんできました。
どんな感じかといえば、
小学校1年生のとき、
2歳年上のお姉さんが
木の枝を折ったのを見て、
「木が可哀想」と、
泣くような子でした。
(お姉さんには、それで嫌われました。
ずっと、植物にも痛覚があると思って
いたので、木を折ったら、木が痛いのだと思って
涙が出てきたのを今でもはっきり覚えています。)
他にも、ほんのささいなことで、
すぐに涙があふれてくるので、
面倒くさいと、
周りから疎まれたし、
自分自身も、気持ちをもてあましていました。
ちなみに、
どういう感じかといえば、
嬉しいことがあった次の瞬間にでも、
嫌だな、と思うことがあると、
自分が生きている意味はないとか、
なんの為に生きていなくちゃいけないのか
分からないと感じて、
ネガティブになり、
地球の中心くらいまで気分が落込んで、
何かをするのが
こわくなったり、
おっくうになったりして、
自分が、この世界に存在している理由が知りたいと
渇望して、気分がもやもやして、自分に足りない
何かを捜し求めるような感じです。
これが、一日に何度も繰り返されます。
表面的には、何もないのですが、
心は無茶苦茶疲れて、
勝手に、傷ついてボロボロです。
(この気分の上下をなんとかしたくて、
たくさん本を読んで勉強しました。
いろいろな方の話も聞きに行きました。)
でも、ことだま師になって、
世の中には、
自分が苦しんだのと同じような
気持ちをもてあましている方が
いるのだと知りました。
そして、そういう方の
お役に立てるチャンスをいただきました。
自分が、過去に、気分の乱高下を
体験していなければ、
相談していただいても、
相手の方の気持ちは理解できなかったと思います。
人生に、無駄な経験はないのだと、
つくづく感じています。
ちなみに、いまだに感受性は強く、
映画の予告みただけでも涙がでてくるので、
日常生活は不便です。
嬉しくて感動しても、涙はすぐに出てくるので、
しょっちゅう泣いています。
でも、
涙は浄化で、
泣くことで、
心がデトックスされると分かったので、
全部良かったことにしようと思います。
いろいろな人が、
いろいろな役割をもって、
この世に存在しているのだと思います。
わたしには、わたしの役割があります。
それを受け入れ、
より、この宇宙全体にお仕えさせていただける
人間になっていきたいと思います。