基本的に、とてもネガティブシンキングです。
「ネガティブシンキング」という言葉は、運気を下げそうなので、
「内省的」
と、置き換えています。
置き換えについて考えていて、ふと気が付いたのですが、
私って、なんでも、自分が納得できるように置き換えるように、
ココロのクセをつけているようです。
それは、小さい頃、生きているのが辛くて、辛くて、
でも、
「誰かのせい」や、
「何かのせい」にしたくなくて、
常に、自分なりに、納得できる理由を探してきたからだと思います。
たとえば、
今でも、やっぱり大きなコンプレックスの火傷については、
火傷は、したくなかったけれど、起きてしまった事は仕方がない。
これは、
「神様から、いただいた印」
だと考えるようにしよう、と思いました。
「火傷をしたお陰で、人の心の痛みが分かるようになった」
とか、
「外見で人を判断しないようにしようと心に決めた」
とか、
「人を妬まない心を、神様からいただいた」
とか。
もし、自分が火傷をしていなかったら、
今と同じ自分でいたはずがないから、
「今の自分を好きになってあげよう」
とか、思うようにしました。
自分にとって、
理不尽に感じられる事でも、
そこから、何か学びを得られれば、それは、ただ理不尽な事ではなく、
学びの糧となるはずだと、信じています。
私は、まだ、福島正伸先生のように、
ピンチが起こった瞬間に「チャンス!」と叫ぶ事は出来ません。
だけれど、長い時間をかけて、
最悪だと感じたことを、
「これがあって良かった」と、思える力はあると思っています。
自分に起きたことは、最終的には、
すべて、自分の心がどう受け取るかで決まります。
心の置き換え。
それが瞬時に出来るような、賢い人間になるのが、
私の目標です。