アラブ世界も注目。今年の「ニュースの顔」、農地とり上げと闘う成田農民、市東孝雄さん
今年は千葉県政150年、ということで、50年以上闘われている成田闘争が改めて注目されていますが、50年ぶりの農地とり上げと闘う成田農民、市東孝雄さんをアラブのニュースが取り上げています。
市東さん、どうやら今年の世界の「ニュースの顔」になりそうです。
(arab newsの記事より)
Landowner continues struggle against expansion of Narita Airport
(写真は、今政府・空港会社が行なおうとしている「100年耕してきた農地の取り上げ」と闘う成田農民、市東孝雄さん)
こちらは、その日本語版です。
地主が成田空港拡張反対闘争を継続
東京:成田空港の拡張に抵抗している地主の市東孝雄氏は日曜日、数百人の活動家と新年会を開いた。
彼らは共に、1970年代に大規模なデモによって東京近郊の空港建設や開港を阻んだことを祝った。
市東氏が最後まで建設に反対したことから、空港の第2滑走路を短くし、土地の周りにフェンスを設置しなければならなかった。
成田空港会社は調停と補償の提案をしたが、農家の市東氏は「先祖の畑を守り耕したい」として断った。その土地は親子3代約100年間にわたって耕し続けた土地だった。
市東氏と弁護士は、裁判所が2022年9月、彼が土地の所有者であることを証明できないとの理由で退去命令を下した件で係争中である。
昼夜を問わず追放される可能性があり、現場を守るために警備員が配置されている。 ボランティアが交代で警察の動きを監視している。
パーティーでは、飛行機の発着音で演説が中断された。さまざまな団体が追放計画を非難し、支持者たちは岸田首相が日本の安全保障の一部とする空港の「軍事化」を非難した。
市東氏は圧力にもかかわらず戦い続けている。1971年に建てられた警備塔は、抗議の看板とともに撤去の危険にさらされている。
市東氏の土地の片隅には、1970年代に収用との戦いに参加した学生たちのリーダーが横たわる墓がある。空港用地の強制売却に反対する人々が、大義のためにどれほど真剣に戦ったかを思い起こさせるものだ。
(こちらは昨年12月ドイツで報道された記事)
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