音入れから10年が経ちました。
9年目はスルーしてしまっていた😅

もう10年なんだなあ、、という
感じ。
難聴を覚悟した時からは10年10ヶ月くらい。
補聴器、人工内耳をしたら、走り出すしかなく、
それまでの10カ月がやはり長かったように
思います。

なかなか取れない病院の予約。
ほんとに聞こえてないのかなぁ、、という
確定するまでのもどかしさ。
どんどん話せるようになる同じ頃に生まれた
お友達。
知識を得るごとにわかるこれから始まる療育という側面を持った育児のハードさ。

まあ、明るい材料はなかった悲しい

今は、人工内耳の手術を受けられたことだけでも凄く幸運なことだと思います。
中には、蝸牛が存在しない難聴もあり人工内耳手術ができないお子さんもいます。
そういうことを段々と知っていったと思います。
最近では、サリドマイド事件でも
難聴になると知りました。

デフリンピックをきっかけに
見えにくい障がいである「聴覚障がい」への
理解が深まることを祈るばかりです。

介護をしたり、自分、子ども、身近な友人がケガや病気になった時、社会の仕組みや、建物などの構造的なもの、情報保障に誰もが疑問を抱き、もっとこうだったらいいのにな、と思うと思います。

障がいのある人や家族はいつもその思いを抱えて生きています。誰にでも過ごしやすい社会は、ゆくゆくは自分自身をも救うことになると思います。

本当に難しいことですが、みんなが少しでもできる良いことを、その輪を広げていくことが
大切だと考えます。



8年目はなかなか、いいこと書いてます。