明日で音入れから3年です。
絵日記を整理していたら、難聴が分かったころの、私のちょ~~荒れた文字のノートが。
病院へ行く際の質問や、手帳、補聴器申請など、懐かしいことがたくさん書いてありました。
娘の様子も、少し書いていたので こちらに残しておきます。
娘の難聴発覚は一歳半検診、一歳八カ月で難聴確定、一歳十一ヵ月で補聴器装用。
二歳三ヵ月で右耳人工内耳、二歳九か月で両耳装用 です。
1歳9ヵ月 (つまり、補聴器待ちで、乳幼相談が始まった時期)
朝、ホットケーキを混ぜているのを見て、手をクルクルするしぐさで、自分もやると主張
ごめんなさいの時は、「あーむ」と言っている。
朝、パパ、いない という意味でベッドを指差す。
鳥がたくさんいる、というのを手をグルっと回して表現していた。(今は、鳥の群れだね~、怖いね~と言います)
「かお・かお・かお」の絵本をみて、色んな表情を真似したり、母に真似するようせがんでくる。
シャボン玉は吹けている。
かるたでラクダの絵札をみて動作を真似る。(どんな真似をしたんだろう・・・笑)
絵本はお膝ではなく、向かい合ってを好むようになった
自然とジェスチャーを使っていますね。うちは、難聴がわかってすぐに、文字を取り入れたり
手話もやりました。もう赤ちゃんじゃないし、お互いに伝えたいことがたくさんあったので。
自分の名前をわかってほしくて、娘の名前の最後の平仮名の指文字をしながら
いつも「~ちゃん」と呼ぶようにしていました。
覚えている、と娘は言います。
指文字で一文字、一文字、というのは、しないでおきました。
理由は、先輩ママに相談したら、指文字から、音声に置き換えていくのが大変だった、と聞いたからです。
指文字、手話、口話、文字情報、この辺りをどう取り入れるかは
ほんとに個人次第だと思います。
私は、相談して、なるほど、そうだな、と思ったこと、娘に当てはめてみた時どうか、などを
考えて、取り入れたり、取り入れなかったりしていきました。
お互い、コミュニケーションが取りたいわけで、伝え合うのにどの方法がいいか
模索してたと思います。
また、この頃の気になる姿としては
・つま先立ち歩き
・TVに近い、離してもまたすぐTVへ。
・物を叩きつける(プラのコップが割れたことがありました)
・体を反り返って嫌がる
・偏食
・おでこを壁や床に打ち付ける。する時は日に五回位。
まぁ、今考えるとつま先立ちは気のせいで。他は難聴が関係しているかなというのが
私見です。私見。
偏食は、親の声掛け「おいしいね~」とかが聞こえないのは多少偏食をきたす原因になりうるかな、と
思っています。私見です。
打ち付ける行為は、自然と治まりました。
うちは、難聴かも、、と一歳半検診で精密検査を勧められた時に
病院待ちで、その間に、ろう学校の乳幼相談に行ったんですよね。
二つの聾学校に行きましたが、どちらもベテランの先生とお話できて
少しスッキリ、安心したのを覚えています。
覚悟もできたというか。
検査がてら、遊びながら、音を鳴らして、一生懸命娘と関わってくれるその様子を見て
「ああ、、聞こえていないんだ」と脳波とかの検査をしなくても悟りました。
人工内耳のお話も先生から出ましたし。
いてもたってもいられない!!!!という方は
ろう学校の相談を利用してはいかがでしょうか。
ろう学校は、難聴児の親ならば、一度は見ておいたほうがいいところかな、とも思います。
ノートの合間には、シール貼りや、お絵かきがいっぱい。
病院は待ち時間が多いですし、ぼーっとしてるのは時間がもったいないです!
うちは、常時五冊くらい絵本やシール、お絵かきなどを持ち歩いていました。
この頃は私がスマホじゃないし、携帯は触らせていません。
デジカメで、自分の写真を見るのはすごく好きでしたね。
スマホのアプリを解禁したのは、四歳半くらいからです。
電車の移動中で、少し間が持たなくなったら渡したり、渡さなかったりで
まぁ十五分程度です。
かばんはリュックに買い替え、娘と手話ができるように。
赤いリュックは、ランドセルみたいで。確か、娘が選んでくれた。
自分は、難聴児ママ一年生として、頑張るんだ。そんな気持ちでした。
