一つ前のブログに、娘のお気に入りの絵本のことを書きました。

 

ヨシモトさんの作品は、何冊か読みましたが

 

他にも、、と思い「みえるとか、みえないとか」を購入しました。

 

こちらは、原作を元に、作られた絵本です。

 

目が三つある人種の宇宙人達との交流を通して

 

自分と他者との違いを感じる男の子の話です。

 

自分でパラパラ読んでいた、娘の感想は「なんか、おもしろい。」 

 

いいね!

 

様々な障がいを載せているページに聴覚のことも載っていました。

 

それを説明する文章は、ん~~~なんか違う感じがしましたが。

 

寝る前に、話しながら娘とじっくり読みました。

 

その中で、娘が、自分のことを聞こえない人とはとらえておらず、

 

人工内耳を着けている子、と言うように自分を認識している様子が見受けられました。

 

それが、いいか、悪いかとかではなく。

 

他にも、私も説明するのに、詰まる部分がありました。

 

自分も含めて、世の中の人がこんな風に世界をとらえてくれたら

 

みんな、どんなに生きやすいだろう。

 

世の中の雰囲気を作っているのは、私たち一人ひとりなんだろうなって思います。

 

娘の難聴がわかった時、「どうやって育てたらいいか、わからない」

 

聞こえない、っていう悲しみや絶望もありましたが、私はそういう気持ちが大きかったです。

 

悲しみや、絶望も「どうやって育てたらいいか、わからない」と言う気持ちに起因していたと思います。

 

今まで、通いあっていたと思うものの、通っていなかったんじゃないか、という不安。

 

娘と自分に共通する、コミュニケーションツールがあるのか、という不安だったと思います。

 

耳が不自由なら、しっかり顔をみたり、視覚情報がコミュニケーションツールになるし、

 

目が不自由なら、情報は点字や耳から。

 

そして、どんな人にとっても、体を触ると言うコミュニケーションが、一番安心できるものだなぁと感じます。

 

情報さえ伝わればいいのか、やっぱりそれでは殺伐していますよね。

 

娘に関して言えば、今は、人工内耳があり、娘と会話することも可能になり、本当に現代に生まれてよかったって

 

思います。人工内耳の有効な難聴だったことにも、本当に感謝しています。

 

娘も「今、生まれてよかった」と言います。

 

毎年、音入れが近くなると、難聴発覚から手術まで、そしてその後を思い出し

 

色んなことが頭をよぎります。

 

難聴自体を治す、薬や治療法も出てきてほしいと強く願うのも

 

この時期です。時々、娘の難聴のことを調べます。

 

3年前と比べても、ほんのちょっとでも研究は前進しているように思います。

 

本当にありがたいことです。

 

世界中の人が、心にも、体にも制約がなく、好きなように生きられる。

 

夢のような話ですが、いつかそんな日が来てほしいな。そして、そういう世界がやって来なくても

 

みんなが生きやすい世界に、少しでも成熟した世界になりますように。