娘の難聴確定の流れは

一歳半検診で精密検査。

2か月待ち。(←もったいない時間でした)

検査で難聴確定。

2歳直前ろう学校乳幼クラス、補聴器装用スタート。

でした。



ブログを拝見する中で
周囲に知らせる大切さを知りました。
自分もそう思いました。

ご近所さんにお会いするたびに
「難聴がわかり、もうすぐ補聴器をつける。おそらく人工内耳の手術になる」と
お知らせしました。

ここまで言えば、勘の良い方は、車の出入りなどに
気を付けてくださいます。

元気に育ってるね、
声が出てるね

などいつも声をかけてくださいました。

飼い犬に餌を与えさせてくれたり
お菓子をくれたり(笑)。


難聴発覚で、私の頭痛がひどくなり
横になりたくて
お向かいの高校生のお嬢さんに
ベビーシッターをお願いしたりしました。

お向かいさんは国際結婚。
おこさんはもう高校生。
バイリンガルで今でこそ、流暢ですが
それなりの苦労はあった模様。

「こどもの順応力はすごいわ。きっと大丈夫よ」
励ましてくださいました。

これはすごい励みになりました。

最近は「おしゃべりが時々聞こえるよ^^」なんて
言ってくださいます(夫婦げんかも丸聞こえなはず、笑)

もちろん、いいことづくめではありません。

明らかに、距離をおかれてしまうこともありました。

「お耳何つけてるの?」
「そんなこと、聞くんじゃないの」

そういうやりとりが聞こえたこともあります。

「うちの子も言葉が遅くてね・・でも成長していくのよ」と
言ってくださった方もいます。

私も実は片耳難聴なの、とカミングアウトしてくれた
ママ友も2人。突発性難聴になり、耳友だね~と
言ってくれたママ友もいましたね。



祖父母(私たち夫婦の両親)は概ね、それは大変と応援してくれました。

父が「○○○←娘の名前 が難聴なのは仕方ない。
○○○←私の名前 はこれから、誰もやったことがないこと(療育)をするんだから
それは応援、協力しないとな」と言ってくれました。

一生忘れない言葉だと思います。(といいつつ、後半部分は覚えているか怪しい、笑)

「目は発達しているんだから、どんどん本物を見せなさい。」と
相撲のチケットを取ってくれたり、水族館に連れて行ってくれたり
忙しい旦那さんに代わって、旅行に連れて行ってくれたり。

が、私の母は「うちの周りでは難聴なんていない。結婚もできないわね」と。
(母の性格はよくわかっているので、たいして落ち込みませんでした)

とても、とても不条理です。
でもそれもある意味社会の一面です。


そんな母も一年半経つ今は、協力してくれています。

母も老々介護で頑張っています。
物理的には手伝ってもらってませんが
気兼ねなく話せるという点では、ありがたい存在です。

「会うたびに成長しているね」と言ってくれています。
「あなたが周囲にオープンにしている姿勢は間違っていなかった」と
最近は言ってくれました。

遺伝子検査の結果を伝えたことも大きく影響していると思います。
遺伝子検査は一長一短ですが
感情的な人を説得するには、、有効だと思います。

子どものいない姉、子育てが終わっている姉、母に代わってどちらにもお世話になりました。
絶えることのない夫婦喧嘩にも、優しく喝を入れてくれました。

主人の両親も「頼って、息抜きして」と言ってくれます。
(それができれば苦労しませんがね~~。)

主人の母は、「音の出るおもちゃとか、あんまり興味がないと思ったけど
まさか聞こえていないなんて思いもしなかった」と言っていました。

でも、そう思ったことを口にされることはなく。。
そうさせていたのは、私なんだと思っています。

子育てはできるだけ、親に迷惑かけず、夫婦でするもの、そういう気持ちでやっていたので。
私が幼稚園教諭だったので、余計に口出しするなんて、という気持ちも働かれたのかと
思います。





生まれたときからの健聴のお友達もたくさんいて

今でもよいお友達です。市内で引っ越して、みんなも同じく市内に越した子がほとんどですが
行き来しています。

小児難聴でいいところはどこ?とお医者さんの旦那さんにきいてもらったり。

引っ越し先でも、オープンにすることで、とても仲のよい
娘が大好きというお友達ができました。

そのママ友は、小学校の時、クラスに難聴の子がいたんだ、と言っていました。
インテは心の敷居を取り払うためにも、推進すべきこと感じています。

「先天性でなくても、人は誰でも、障がいを持つこともなる場合があるから
他人ごとなんかじゃないよ」

ママ友の中で、言われて一番嬉しかった言葉です。

「力になれるかわからないけど、今まで通り、遊ぼうね」と言ってくれた
ママもいました。有言実行してくれています。

ちなみに一番なんだかなぁ~と思ったのは
「うちの子がそうだったら、どうしようと考えると怖い」みたいな感じのコメント。
素直な感想で、悪気はないので、なんとも思いませんがね。

人それぞれだなぁ~~~。ほんとにそう思いました。

オープンにしていても、捉え方は人様々です。

来春から集団生活が始まれば
もっといろんなことを感じると思います。

母がど~んと構えていたいものです。

娘が難聴という障がい故に得られるものは

おそらく

いろんな人がいる、いろんな考えの人がいる。
人はみな誰かに愛されている、必要とされている、助けられたり、助けたりしている。
支え合って生きるものだと、人より早く人生の真理にたどり着けることなのでは
ないかな、と時々思います。

それが、彼女の人生に深みを与えてくれるものと

母は信じたいのです。

それなりに苦労したので、もう私の人生に苦労ないでしょ。
かわいい子どもにも恵まれて、幸せな人生が送れるでしょ。
娘を授かってから、そう思ってました。

今までのことなんて、苦労でも何でもなかった・・・・

でも、そういうことがあって、なんとかそれでも
人は生きていけるし、生きていかないとわかっているから、やっていくしかない。
過去に感謝しました。あ~、娘のことで絶望しないように
あの苦しみや、悲しみがあったんだなぁ、、そう思いました。

私が、今、悲しみにくれている親御さんにかけられる声があるとすると
なんだろう。

泣いていいよ。悲しいよね。一人じゃないよ。
一歩ずつ前に進もう。

喝を入れるとしたら、、、

その子のことを心から、本当に考えて
あげられる人は世の中で2人しかいない。
あなたは、そのうちの一人だと。
やるしかないよと。

(いつも旦那さんに言ってる言葉、笑)
+私が死んだら、あなたは1人で娘を育てなければいけない と言っています。

なんか、書いててわからなくなってきたので、ここらへんで(笑)