2020年 12月 改稿
ところどころ、付け加えたり、書き直しています。



ブログを始めて、いろんな方のブログも見せて頂いています。

新生児スクリーニングで難聴がわかるケースが多いように思います。

私は、我が子のように確定診断が遅くなったケースしかわかりません。

何か参考になればと思いつつ、こうすればよかった、という反省、
考えて行動したことなどを整理したいと思います。

あくまで我が家の例です。これが正解でも、おススメするわけでもありません。
でも最短で手術にこぎつけたと自負しています。

難聴がわかると、基本的には療育先が必要になります。
専門家の視点が必要になりますし、親も障がいについて学ぶことが大切です。
学ぶことで、やるべきことが見えてきます。

失敗① 
一歳半検診で紹介状を書いてもらったものの、なんと2か月先でした。
知識もなくこの時間を色々検索したり、不安な気持ちで待ってしまいました。
今かかっている病院は、紹介状などなく見ますとHPにも書いてあります。
自分で病院に問い合わせる、診療時間に合わせて、とにかく行って
見て頂くことも場合によっては良いかもです。
(大きな病院は紹介状がないと、初診費用が掛かりますが)

いくつかの検査を経て、医師は何級に値するか証明書を書いてくれます。この証明書が障がい者手帳の発行手続きで必要です。早く難聴確定され、障がい者手帳の手続きをしないと補聴器の購入補助が受けられないので、補聴器をつけるのも遅くなってしまいます。

この2カ月は今でももったいなかったと思っています。
早期発見→補聴器が 非常に大事です。

待っている間に地元のろう学校や療育機関を区役所で聞いて、コンタクトをとりましょう。検査段階でも、見学はさせてくれます。可能なら足を運んでおくと、療育先を決定する判断材料になるでしょう。

行動② 病院で相談していたにも関わらず、異常なしと言われていたので、すっかり医者不信になっていました。2つの病院に通い、ほんとに医師の診断が正しいのか、決めることにしました。掛け持ちは、ろう学校の先生にも、片方の医者にも嫌な顔をされました。でも譲りませんでした。

ABR、MRI、遺伝子検査などの大きな検査は早く予約が取れたほうを優先しました。
大きな検査はデータを共有できるので、手術すると決めた病院に結果的にデータが集まります。人工内耳は術後の療育が大事なのでSTとの面談も申し込みました。
最終的には、データが出揃い、手術の仮予約までいったところで病院を決めました。

手術の予約日は数週間違い。
我が家の決め手は、術後のハビリテーションの頻度の多い病院(今、隔週で通院)。
我が子の難聴のタイプの先生の専門家がいる、またチームとして医師、STなどスタッフが難聴治療にあたってくれる(ように感じた)

この2点でした。

今思うと、大病院レベルで見立てが違うことは難聴に関しては、ほぼないと思います。
今思うと、恐れ多くて、この二つの病院を掛け持ちするなんて、あり得ない(笑)
でも、この頃は怖いものなんてなかったな~。

しかし、いつまでに手術するのがよいかなどは病院によって数か月の違いがありました。定期的に聴力検査に来るよう勧める病院もあれば、検査結果わかるまでこなくて
よろしい、というところもありました。

定期的にいった病院では、補聴器中の療育の相談、
手術に関する質問を色々させてもらいました。精神的にずいぶん助けられましたし、
学校の先生が言わないことをズバリ言ってくれました。
それは「論文では専業主婦(パパでももちろん)の家庭の方が人工内耳の
経過が良い、と言われている」ということで、難聴児の療育には時間が必要と
いうことです。誤解を恐れずに言えば、比例する、と思います。
人工内耳への知識を深めることができました。

このテーマは非常に大切なことですよね。
誇りをもって、また経済的に家庭を支えて働かれているわけです。
自分は仕事をしていませんでしたが、私自身はもし、仕事をしていても
経済的に許されるならば、やめたり、休職という道を選んでいたと思います。

どうして、病院や療育先で仕事をやめて、といわれることがある、多いのか、詳しくはお話してもらえないことがほとんどだと思います。
まずは、質問なさってみたらいいと思います。
納得いくか、いかないか、経済的にはどうか、ご家庭によってそれぞれ
異なります。

我が子の療育が始まって、6年経って思うことは
まず、ご家族やご夫婦でよく話し合って結論を出すことが大事かと思います。

一方で、親御さんの一人がお子さんの傍になるべくいて
同じ目線で、生活したり、話したり、適切な言葉で
思っていることを言葉にしてあげたりすることが聞こえの不確かな
難聴児が言葉を獲得していくうえでも、健やかに成長していくうえでも、
とても大きな意味を持っているということです。

なかでも、お子さんが少ししゃべれるようになって、色んな人に話したいな、と
思う時期に、まだ発音が不明瞭で、人に伝わらない時に、傍にいて一緒に体験した人にしかその体験を言語化して誰かに伝えることができない、ということです。

難聴というと「言葉の獲得」に目が行きがちですが
「コミュニケーション能力」に言語が大きく関わっていて
実は、言語をツールとして伸ばしていくのは「コミュニケーション」なのですよね。
不明瞭な話し方で、つないでくれる人がいないと、自分のいうことが
伝わった!という成功体験が乏しく、コミュニケーション能力が育ちにくくなります。

デフサポのユカコさんは共働きでも朝、夕2時間づつ、週末はなるべく、という
ペースなら働きながらは可能であると思う、とお話しています。

我が子の療育先も一概に「仕事はやめましょう」とは言ってませんでしたが
「仕事をやめることが前提の療育機関」もありますし、
ろう学校は現実的には親はつきっきりで、働きながらは
職場の理解が得られなければかなり難しいと思います。

一人が療育につくことはメリットの方が圧倒的に多いと思いますが
デメリットもあります。
夫婦で温度差が生まれたり(笑)、療育以外目がいかなくなることもあるでしょう。
私は、朝から寝るまでずっと我が子と向き合い、話し、何か調べ、というような
生活をしてきました。少なくとも幼稚園に入るまでは、我が子の成長を
純粋に楽しんでいたと思います。

集団生活になると、色々見えてくることが親子ともにあり、
働いている方をうらやましく思ったこともありましたね。
一人になる時間がほしかったんだと思います。でも、旦那さんも気が利かないし(笑)
私も、言えなかったんですよね。働いていない、専業主婦だったからだと思います。
自分がやらなければ、、と。今は、開き直って、好きなようにしています。
見ておいてね、寝かしておいてねと言って、レイトショーを見に行ったり。
幼稚園、小学校と少しずつ一人の時間は持てるようになってはきています。
そういう時は必ず来ます。
療育先でも、小学生になって落ち着いたら、ぜひ働いて、と言われていました。


理想は、週末どちらかは、のんびりしたり、一人の時間や
夫婦の時間を作る、そういう工夫が必要かと思います。
今は、コロナで、祖父母に頼りにくくなっていることは非常に痛手の方が
多いと思います。オンラインでも祖父母様との関わりがもてるといいですね。
オンラインは聞き取りにくいでしょうが、一緒なら橋渡しもできます。


病院が決まるまでの話に戻りますが、待合中にお話が上手で、ご家族と話している
小学生の内耳のお子さんなどをみると、我が子も、、と希望を持たせてもらいました。
本当に必死でした。病院に週4通った日もありましたね。
母が、次の日の検査も朝早いし、病院の近くに泊まりましょうと言ってくれて
(頼んだかもしれない、笑)一緒に泊まったことを懐かしく思い出します。
旦那さんもこの頃は病院の日は仕事を休んでくれたり、
母や、義理母、姉がついてきてくれました。恵まれていましたね。
姉が絵が得意で、よく娘と一緒に楽しい絵画をしてくれました。

我が子の障がいがわかるにつれて、私は人に頼る、頭を下げる、お願いすることを学びました。子育てって一人ではできないのですよね。



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