全国の皆さま いかがお過ごしですか。
本日もお越しいただき
有難う御座います。
本日はYouTubeの動画より。
先日アップされたいまとき最新版です。
早速ご覧ください↓
今を紐解く=いまとき
YouTube概要より
人生を道を拓く為の大切な考えは沢山あります。
そんな大切な考えは身近にあるけれど、知ってるだけで分かってないことは多いものです。
そんな、今あるちょっとのズレを、色んな視点から紐解いていく『いまとき』です。
自分らしい人生やビジネス発展の糧として、ラジオのように、『ながら聞き』してもらえたら嬉しいです。
今回のテーマは
「好きを仕事に の落とし穴⁉」
耳で聴く方が記憶に残るよ!
イメージしやすいよ!って方は
そのままお聴きくださいね。
目で見た方が記憶に残る!
イメージしやすいよ!って方は
文字起こし、ご活用ください。
耳で聴きながら
目で読みながら
何度も聴いてみてくださいね♡
それでは宜しくお願い致します↓
k 「好きを仕事に」の落とし穴ですよね。ありそうやね、落とし穴。よくSNSとかでも最近の流行なのかな?「好きを仕事に」って言葉が溢れてる感じはしますけどね。時代の流れとして流行みたいなことは世の中にたくさん出てきていて、「好きを仕事にしていきたい」とか「好きを仕事にできるといいよね」っていうのは、もちろんあると思います、人には。もちろん自分が好きを仕事にできたらいいしね。ただここは落とし穴、注意点はあるんじゃないかなぁというところですね。
まず、好きっていうことが、自分でどういうものが好きなのかっていうのが分かってないと、本人が。危ういよね。この分かってないとっていうのは、その人が「はっきり分かってない」とってレベルで分かってないと、ちょっと危ういよね。なんとなく好きとか、好きかもしれないとか、世の中の情報とか、周りの人達がやってるからとか、っていうので好きだと思い込んでる場合もあるしね。っていうのはけっこう注意点じゃないかなぁという感じがしますよ。 皆んなはどうですか?
ま なんか、好きっていうのが先ほど明確であった方がいいって言われてましたけど、たしかにそれを言われると、好きなことはいろいろあったんですけど、それをずーっとやってるかっていうと、そうではなかったりするわけですよ。
k 好きだから続けられるっていうのと
ま はい。好きだから音楽も聴いたりするし、バンドもやったことあるけど、今でもやってるかっていうとそうでもないし、スノーボードも好きだったけど、ずっとやってるかっていうとそうでもないから、好きなこと転々としてるから、これこそ本当の好きだ!っていうのがずっとあったかっていうと、全然なかったと思いましたね。
k 意外と色んな人に質問すると「あなたの好きってなんですか?」って聞くと、はっきり「わたしの好きはこれです」って答えれる人ってあんまいないもんね。で、答えた人も、それが自分の心から好きなものかどうかっていうのは、明確にはなってなかったりする人もいる。さっきの流行りとか情報とかっていうものはあったりするもんね。 ゆーこみんはどうですか?
ゆ 私は自分の経験でいうと、まさるさんの話を聞きながら振り返ってて、意外とずっと好きなことをやってきてるなって、ありますね。のんびりスパに行くことだったり、クラシックコンサートに行くことだったり、舞台芸術とか、まぁ芸術といわれるものが基本的に昔から好きなんですけど、基本的に旅行とかもそのために行ってたんで。美術館に行くためとか、芸術作品を観るためっていうところで学生時代も含めて、数が多いかは別にしても一貫して目的が一緒だったりするから、意外と好きなことやってきてたんだなって、逆にまさるさんの話を聞いて改めて氣付かせてもらいました。
k 俺もゆーこみんの好きなクラシックコンサート連れて行ってもらったことあるもん。良かったです。
ゆ はい 有難うございます。
k 康恵はどうですか?
や 好きっていうのを振り返ったときに、今思えばあれは好きだったけれども、当時は好きだったかどうかは分からないなって思いました。それをはじめた、手にするきっかけは、自分からというよりも親に用意されたものだったから、それを選んで自分でやってったら簡単にできちゃったから、愉しかったから、好きになったっていう感じですね。
k なるほど 好きになったわけね。
や と、思います。
k やってて、これって好きだってなったって感じね。今康恵が話したところ、僕が皆んなにいう「好きを仕事に」の落とし穴のところで注意しなければいけないところは、好きっていうものはその人の感情とか氣持ちなわけよ。言い換えれば、自分の感情や氣持ちが乗っかって「好き」だから、下手すると変わることもあるわけさ。
だけど僕は皆んなにいうのは、得意というもの、好きと得意は違うよっていう。得意はいきなりできてしまったり、いきなりやれてしまったり、上手に出来てしまったりするようなことを得意っていうわけ。で、これは自分が好きとか嫌いとか関係なく、「できるからやってますよ」っていう感情が乗っかってない部分なのよ。
で、「好きを仕事に」って考えたときに、「好き」ではなくて、本当は「得意なもの」を仕事にした方が上手くいきやすい。で、得意なことをやってて、自分の中で(面白いなコレ!)っていう風に思えたら、それは好きになる可能性あるよね。だけど「好き!」でやってて、全然得意じゃないから難しくて苦手でってなると、自分が思ってる好きが嫌いになる可能性だってある。っていうのはけっこう注意点かもね。 まさるどうですか?
ま ちょっと質問というか、苦手でもそれを好きって思ってる場合もあるし、得意だから好きだって思ってる場合があるから、同じ好きでも色々あるっていう感じですか?
k そうですね。そのへんをもうちょっと詳しくいうと、「苦手でも好き」はあるわけさ。例えば、「コーヒー淹れるの苦手だけどコーヒー好き」みたいな。でもね、それはそれでいいんだけど、それはある意味、趣味の域の話で、個人の好きなことなわけだから、あなたが好きだから苦手でも美味しいもの出せるよって、あっ、美味しい美味しくなく出せるよでいいんだけど、
好きなことを仕事にってなると、お客さまに出すコーヒーを美味しく出すっていう最低レベルがあるじゃない。それとかお客さんが何人も来るなら、その人達に対応して時間を考えて出すとかっていうのもあるやん。ゆっくり時間をかけて、下手でもいいからコーヒー作って飲みたいっていう好き、趣味の好きと、仕事でやる好きは違うのよ。
だから得意な人は、ちゃっちゃっちゃっちゃってやって、どうぞどうぞどうぞって出せるから、なんかおもしれーってなって好きになる可能性あるやんか。やけん得意を好きと履き違えてる人も多いなぁって感じますね。ゆーこみんはどうですか?
ゆ 芸術分野 好きではあったんですけど、仕事にしようって思ったことは一回もないなぁって思って。それは例えば、私高校生の時は美術館に行ってたんですけど、周りと比べたときに明らかに、描きたいとか作品を作りたいとか熱量が違いすぎて、自分には作品を作るっていうのは向いてないなってある意味わかったから、あんまり仕事にするとかって発想がまず出てこなくて、得意を仕事にするって発想はそもそもなかったから、じゃあ好きなことが仕事にならないんだったら、私ずっと文系で大学まで行ったから、その時に発想したのは、手に職つけたいみたいなことは思いました。
k (笑) なるよね。昔はそういわれてたもんね。手に職をつけとかなきゃ!みたいなのを、多分親とか、おじいちゃんおばあちゃん達から言われてるだろうから、それが一般常識として当たり前というか、いわゆる上手くいく方法だと勝手に思い込まされてる点はあるよね。でもゆーこみんのその好きっていうのは、芸術が好きっていうのは、自分の世界の中の話だからそれは趣味の域の話になるよね。で、それはそれでいいとよ。だけど「好きを仕事に」っていうと、またそこはちょっと違ってくるからね。 康恵はどうですか?
や 自分で「これが好き」っていうのは多分、katsuさんに会う前までは、そんな視点すら持ってなくって、最初にお話しした親に用意されたものっていうのは陸上の話なんですけど、ずっとスポーツ選手だったので。あなたはこれができるからやったらいいよって言われてそれをやってたからそれが好きだと思ってた。でもスポーツ選手って(選手としての)寿命が長いわけじゃないのでいつかは辞めなきゃいけない、そうなったときに、自分の中に今まで好きだったものがなくなるわけですよ。一応教員免許は取りましたけど、自分が走る分は好きだけど、教えることは得意ではない。見守るのはできるけど、指導するってまた別なので。
k そうだよね。
や はい。ってなると教員も向いてないし、私にやれることは何だろう?っていうところから仕事選びっていうのは始まりましたけど
k なるよなー。多いんじゃないの、そういう人。もうその時点で挫折する人もいるだろうし、中には、力入れててやってて、想い込めててやってたから、なにもなくなって燃え尽きちゃったっていう人達も、やる氣出なくなった みたいな人達もいるだろうしね。
や いたと思います、学生時代も。でも「好きを仕事にする」っていう発想自体もなかったです。むしろもう卒業間近だし、ギリギリまでスポーツしてたもんだから、就職活動とかせずに大学4年の終わりまでいって、あとはコネクションで入るしかなかったので、選ぶ選択肢も少なかったんですよね。で、そこから選ぶ仕事なので
k いわゆる敷かれたレールってやつね
や そうですそうです
k 最近俺よく言うけど、レールの上は歩いちゃダメだって法律で決まってるんだから
や (笑) ごめんなさい。歩いちゃった。
ま (笑) 電車に引かれてしまう。
k (笑) 電車に引かれますよ。
や ・・・だから楽しいも好きも当時はなかったし、でも与えられた仕事は一生懸命やるっていうそこに、目標というか、自分なりに「今日はこれだけやったんだ!」みたいな、そういう仕事の仕方をしてたと思います。
k なるほど。だからある意味、納得させてたわけやな。
や そうですね。
k ね。でもそうするしかないよね、そうなったら。
や 他に転職するって発想もなかったですしね。
k でもその納得はある意味、諦めから生まれてる納得だから、日々諦め続けてるってことになってしまうよね。
や 過去の自分に言ってあげたいですよね(笑)
k でさ、「好きを仕事に」ってしたときに、起業したりする人たちの中で、好きを仕事にやってたのに上手くいかなかったって思う人達もいるだろうと思うったい。それは好きと得意が違ってた ことだろうけど、好きをはじめてたまたま得意と重なって続けてる人たちがいる。だけど反対に続けられない人達がいる、続けられなかった人達がいる。この大きな違いっていうのは、自分が何かをやるって思ったものに対しての目的があるかどうかやもんね。
だけん、目的なく好きだからはじめましたって言って、やりながら続けれる人たちはどこかで目的が見えたっちゃろうね。でもただ「好き」ではじめて、ただ「得意」ではじめて、目的もなくやってると多分それは続かないかもしれないね。 まさるはどうですか?
ま いまの話を聞いてると、好きなことを仕事にするより、得意なことを仕事にした方が、仕事として回りやすいけど、どっちを選ぶにしても目的がないと続けられない。確かに目的なしに色々やってる時の方が、上手くいかなくなったらすぐ辞めてきたのが多いですね、振り返ってると。目的があると、どうあろうがただ続けるだけっていう感じなので、そこからブレずらいなと思いました。
k 目的はね、向かうべきところに自分の意識を持っていってくれるけんね、ブレずらいよね。 ゆーこみんはどうですか?
ゆ 私事というより質問なんですけど、例えば、多くの方が知ってるさかなクン。さかなクンってずっと好きなことを、魚が好きだったから勉強とかもしないまま、魚に一直線にこられてる人生、分かりやすい方だと思うんですけれど、あの方とかは、最終的に仕事としていつの間にかなってたんだろうなって思うんですが、
k なんか大学の先生かなんかなってるよね
ゆ そうなんですよ。で、突き詰めてったら、結果そうなったみたいな感じなんだろうなって思うんですが、彼も好きを追究していく中で得意が見つかったのか と、目的が出来たから なんですか?そういう風な人生を歩める人?
k うんそうだと思うね、それは。好きだから好奇心もあるし、興味もあるし、探究心もあるし、どんどんどんどん知りたい欲は出てくるだろうから、どんどんどんどん吸収して、知識が増えれば増えるほどまたそこから派生して、あれも知りたいこれも知りたいってなって、ありとあらゆるジャンルに広がっていくじゃない。その中で自分のメインの柱になってる魚のことに関しては、好き以上に得意なものがあるやろうけんさ、それを追究していったんじゃない?いわゆるほら、その人の人生が魚だけになってしまう。なんかよく言うじゃない俺も。自分が思ってる無駄なものが全部削ぎ落ちて、ひとつのものになってしまったら っていうのとおんなじだよね。そんな域になったら愉しいやろうね、人生。
ゆ はい。そんなさかなクンみたいな人生を歩んでる方と自分の人生を比較したときに、それぞれなにかしら小さい頃に好きだったものはあると思ってて、私の場合は芸術ってさっきお伝えしましたけど、いつの頃からか(これが仕事になるんだろうか)とか要らないことを考えはじめたから、真っ直ぐに、ただ単純に愉しんで、面白いな面白いなってやってたら拓かれるはずだったことというか、なんか、ことを、いらないそういう思考が
k いわゆる僕がよく言う、上手くやろうとする考え
ゆ うんうん これは将来なにに役立つんだろうかとか途中で考えちゃって
k いやもうそこはないのよ。だから面白くて面白くてって、もちろんね面白くてやり続けてるだろうけど、大変なことも辛いことも、もちろんあるだろうたい。だけど24時間365日辛い人生ではないから。ほとんどが面白い人生の中で、辛い事もあるだろうたい。だけど続けられるのは、そんな風に考えないからよ。いわゆる、子どものような探究心よ。そうなってくると人の目とか氣にしないでいいからね。いわゆる突き抜けた人になれるんじゃないんですか。 康恵は?
や 大学卒業して、好きとかできる事とか関係なく、目の前にあった仕事をやるときに、さっき言った一生懸命やったら愉しいからそれを続けることはできたんですけど、さっき言われた目的があるわけじゃないから、どこかで愉しいと思ってるのに楽しくないと感じてる自分がまずいて、で、どこかで自分の中で、自分と競ってると言うか。昨日はこの作業にこれだけ時間がかかったから今日はちょっとスピードUPできるかな みたいな。
k それ愉しめてるんじゃない?
や 愉しかったですけど、疲れてましたよ。
k あぁそういうこと。一生懸命な自分がいるからね、日々。早くできるっていうのは、安定的に早くできる人は早くできるから、それを安定的にやろうとしてる時点でストレスかかるよね。力が入る。
や いま思うと無理してたって分かるけど、その時はそうやってなにかしら自分でやりがいというか、その仕事の中で目標みたいなの見つけないと、見つけてやってたんですよね。
k その小さな目標、例えば、今日はいままでやってたこの作業が 10分だったのを今日は8分でできた!やったー私凄いっていうその小さな目標、例えば8分でできたとするなら、じゃあ今日は6分でできるかもしれない みたいなのを繰り返すことになるやんか。で、6分で出来なかったらその小さな目標はどうなるの?
や どうなってたんでしょうね。
k ちくしょー!ってなるの?
や なってたのかもしれないですね。悔しかったのかも。その仕事を好きにならなきゃ!って思ってたからきつかったんですけど。
k いわゆる、得意なことを好きとか嫌いとか関係なく、得意で上手にうまくできてしまうこと、大きかろうが小ちゃかろうが。それに取り組んでみて、なんかコレ面白いやんって面白さが見えたら、それに対して好きっていう感情は生まれてくるかもしれんたい。そうして得意なものが好きになったら、今やってるものを好きにならなきゃいけないとか、上手くやらなきゃいけない とかではなく、いつの間にか好きになってるから。で、そこに、いま皆んなと話した目的っていう意識があると、その得意で好きになったものがこっちに向かっていこうっていう方向を示して、続けて進んでいくことができるやろうな。
ま この学びをする前から僕は目的って持ってたんですけど、それが「皆んな、世界中の人が夢を叶えれるようになったらいいな」っていう目的だったんですけど、それは夢を叶えることがいいこと、夢を目指すことはいいことっていう、外からの情報を聞いて、それを目的にしたらいいなと。実際自分もいいなとは思うから、いいのかなぁみたいな感じで目的にしてたんですけど
k 素敵なことではあるけれどね。
ま でもずっとは持続しないというか、その氣持ちが。
k だってとても大きいことやけんね、それは。
ま そうですね。
k 自分一人でどうこうできる、叶えれるものでもなさそうやしな。
ま いまある目的は、経験とか価値観を通じた目的というか。自分自身、自分のことを否定していて、それを受け入れた喜びを知ってるし、自分の持ってるもの、さっきの得意を活かすで、活かせる面白さも知ってるからそれを皆んなに知ってほしいっていうのは、体感してるから心から湧き上がってくるんですよ。だから辞められないというような、目的になってる感じなんで、最初言った目的と今言った目的は違うなと。
k ある意味それはちゃんと自分の中で柱になってるわけなんやぁ。だから皆んなにも言いたくなるよね。ゆーこみんはどうですか?そのへん。
ゆ 目的ですか?私もkatsuさんと出会うまでは目的って考えたことないなぁって思ってて、目標はたくさん持ってきたけど。で、目的も学び続けながら、きっと核にあるものは一緒なんだけど、ちょっと言葉は変わったりとかしていきながらも、時々忘れたり、時々忘れたりすることもありながら進んできた中で、でも立ち返るものがあるっていうのは、人生においてすごく安心感のあるものだなぁって思います。
k そうだね。その目的意識 と続けるっていうのはなんかリンクする?
ゆ 目的を作ってるようで作れてなかったときは、「自分だけ」って感覚がすごいあって、でも目的というものがちゃんと目的として自分の中に立ったというか入ってきたときは、「他た」が入ってくるので、さっきもkatsuさん言われてたと思う...かなぁ(笑)どうだろう私の幻かなぁ(笑)
自分ひとりの為だったらいつでも辞められるけど、でも他が入ってるから、一人でもいいから二人でもいいから、それを一緒に、一緒にというか、目的を達成するっていうんですかね?
なんていうのかな、他が入ってるのでちょっと強くなる。自分に柱があったら太くなるし、好きでも得意でも上手くいかなかったりとか、なにか試練といわれるものがきたりもある中でも、そこで立ち止まらなくなったし、前に進んで行こうって力にすごいなってくれるから
k そうなんだよ。そのへんを、好きだったら「愉しいから」で終わっちゃうじゃない。だけど好きでも大変なこともあるよと、辛いこともあるよと、でも好きがベースだから、大変とか辛いがベースではないから、数は少ない。っていうことよね。そこから続くためには、続けるためには、っていうそこのところはやっぱなにかしらこうなったらいいな、あぁなったらいいなっていう、なんのためにやってるのかっていうのがある方がいいと思うね。
ゆ なので自分のペースで、前に進んで継続していけるっていうのができる、やらなきゃじゃなくって、勝手にそうしてるっていう現実が生まれてきてるなって思います。
k そうですね。康恵はどうですか?目的と継続。
や さっきゆーこみんが言ったこととほぼ同じになるかなと思うんですけど、目的が、目的を持ってたとしても、まだブレてるとき、時々忘れたりとか、自分の思いの方に引っ張られちゃうときは、そういうときもあったわけですよ。で、そんなときはやっぱり、そんな時は私は目標にすり替わりやすいなっていう、時期がありましたね。目標立てるのは得意だったので、いつの間にか、
k 分かりやすいもんね、目標は
や そうですね。だけどいつの間にか目標になると、ひとりで頑張っちゃうから、上手くいく確率が減る。上手くいかなくなる。
k 自分ひとりの力には限界があるっていうとこですね。
や はい。そこに自分で氣付けるときは修正もするけど、大体katsuさんや皆さんの力を借りて軌道修正して、でそこで目的を忘れてたなぁって、また目的に立ち戻れるんですけど。でも、さっきゆーこみんも言ってたみたいに、目的があると周りの人が急に自分の世界に入ってくるわけですよ。近づいてくる皆んなが。そう感じられる。で、自分がやることに対して、お客さまの声が近いっていうのかな。一緒に進んでる仲間もそうなんだけど、いま仕事としてさせてもらってるもの、そのお客さまの変化の声もすごく聞くようになったというか。だから、また良いものを届けたいってまたそれが私の力に変わって、続いちゃう。っていう感じがありますかね。
k まぁ、あれだよね。ひとりで、ひとりだけで、誰も頼らず、頑張っていくっていうのは難しいことじゃない。としたら、ちゃんと自分の世界に頼る人も、お客さまも入れて、動いていこうと。で、その上でその 人が入ってる自分の世界をどんな目的で見るかっていう目がないと、やっぱ続けるのは好きだけでは難しいだろうね。
や うん。好きだけだと続かないと思います。続かないと思います。2回言いました(笑)
k けっこうだから注意点ありますね。
や だって今そのやってることも、好きですか?って聞かれたら、即答で「好きです」って言えるかっていうとちょっと...好きですとは言えないと思うんですよ。それこそ、できるからさせてもらってる。で、その精度を上げていくっていう、そんな感じがしますもんね。好きか嫌いかの二択だと好きですけど。
k でもなんか少しでもさ、好きになれたらいいよね。少しでも。少しでも好きな場所、1ヶ所でも見つけれるといいよね。
や 自分がやってることに対してですよね
k そうそう
ま さっきの話の中で、目標とか目的の話が出てきたんで、前に『いまとき』で「目標と目的の違い」録ってるんで、それも聴いていただきたいなと思いますね。
k そうだね。そこもリンク貼っときましょう。
だからあの、流行ではあると思うんですよ、流行りではあると思うんですよ、「好きなことを仕事に」って。だけどその、好きなことを仕事にっていう視点も、それだったらいいんだぁって思って乗っかって動くのではなく、いま僕たちが話したような注意点も皆さんも意識してもらうと、なんか少しでも上手くいく方に転がっていくんじゃないかなぁっていう氣がしますけど。ね。そんな感じですか。じゃあ、本日のまとめを。
や はい、では今日のいまとき、まとめに入りたいと思います。今日のいまときは「好きを仕事に の落とし穴」というお話しでした。
得意な方が仕事にしやすいけれども、好きにしろ、得意にしろ、目的があると続けることができる。
ふだん考えもしない視点でもあると思います。ぜひ皆さまもアプローチしてみてください。それでは皆さま、有難うございました。
今はYouTubeにも文字起こし機能があるから
わざわざ書き出さなくても...
って、毎回何度か思うのだけど(笑)
文字起こししてると
わたし自身がより理解できるんですよね。
目で見て覚える方が得意って人の
お役に立てましたら何よりです♡
会話中に出てきた『目標と目的の違い』も、ラジオのようにお聴き流しください♡
それでは、次回もお楽しみに♡
トークメンバーに会えるスケジュール
└katsuさん:エネルギー人生論のお師匠さま
└田中まさるさん:同じくkatsuさんに師事/シンプル先生
└ゆうこみん:同じくkatsuさんに師事/世界観先生
6/30夏越の祓✴︎特別浄化ヒーリング








