ひとつ前の記事で書いた、これから挑戦したいバンジーの1つめ。勇気を振り絞って、飛んできた儀式

 

 

昨年11月、絶食と過食を繰り返し、絶望的な発言を繰り返していたころ。

 

所属していた音楽グループを休むことにして、半年が経った。

 

ホルモンバランスの崩れが原因か、髪の毛、たくさん抜けた。触る分だけ抜けて、頭皮が丸見えになった。

 

「痩せて別人だね。きれいになったね。」と、言われていたのとは逆の意味で、別人のように太ってしまっていた。

 

とにかくミジメだった。情けなくて、悔しくて。

 

あんなに苦労して20キロ痩せたのに、25キロも太るなんて、自分のバカ!クズ!と、自分を責め続けた。

 

友達に会って哀れまれたくない。意志が弱いとか、やっぱり失敗したと思われるに違いない。(思い込み)

 

まわりは、私を指さして笑っているに違いない!(思い込み)

 

どうせ太っているから、おしゃれする気にもならない。

 

世の中にある洋服は、すべて、痩せている人向けに作られているし、太っている人はそれだけで損だと、毎日嘆いた。

 

この体で幸せにはなれない。生きている意味がないとまで、思っていた時も長く、胸が苦しくて、自分の泣き声ばっかり聞いてた。

 

でも、ブログ読んでヒントもらって、「べきじゃない」「したくない」「できるわけない」と思ってたことを、やってみることにした。

 

そこへの道のりは、足がすくんだし、怖くて何度も引き返しそうになったけれど、

 

みんな、優しく迎えてくれて、会いたかったと言ってくれて、うれしかった。。

 

戻る場所があることが、嬉しかった。

 

いろいろな思い込みによる被害妄想は、完全に捨て去ることはできないのだけれど、卑屈になってしまいそうになったら、大切な仲間の言葉を思い出す。

 

昨日は、たくさん食べたけど、元気だった。

 

でも今日は、過食しないでいられる自分に不安になり、ワーッと、お菓子を2000円分詰め込んでいた。

 

なんなんだ、これ… ガッカリする。

 

太っていく現実がある限り難しいけど、過食したかどうかで、毎日の評価をくだす癖から離れたい。

 

「○○しないと気が済まない」って、私の思考回路によく出てくるのですが・・・

 

全部食べないと気が済まない、と思って食べても、結局、気が済んだことはないし、

 

ちゃんとやらないと気が済まない、と思って完璧主義になっても、完璧にできることはない。

 

絶対ムリ!!って思ってガンコになっても、本当に「絶対」無理なことなんて、そうそう、なかったりするのだろうか。