人生で1番怖かった日。
「息子くんの生まれた日は忘れないよ。
今でもカーテン越しからのナースの足音や
カートのガラガラの音とか
緊迫した音がいまでも覚えてる。
勝手に立ち会った気分。
本当お誕生日おめでとう。」
集中治療室で、カーテン越し
互いに顔見ることも、話すこともなく
でも、共に戦った戦友からの
メッセージに、涙が溢れました。
17年前の朝、夫にしたメール。
「私、産んだの?」
3カ月の入院
集中治療室からの緊急帝王切開。
夢か現実かわからなくて。
47年生きていて
後どの位生きられるかわからないけれど
2008年3月3日が
おそらく、この先も
人生で1番嬉しかった日であり
1番怖かった日。
妊娠中の日記を読んで
戦友からのメッセージ見たからかな。
希望覚悟意志…
強くあったはずのそれらが消え
ふたつの命を委ねるしかなく
ただただ怖かったあの記憶が
急にリアルに蘇りました。
そして、ふと思いました。
「もう、十分だ。」
あと一年で成人を迎えるにあたり
ここぞとばかりに
出るわ出るわ自立への不安要素。
私は親として
どうしたらいいのか
悩ましくもあったのですが…
「もう十分、彼に費やした。
命がけで産んだし、
私なりに必死で愛して守って育ててきた。
”ある程度“不十分でも
”ある程度“十分だ。
この後どうなるかは
本人次第。
私の人生でなく彼の人生だ。」
ずっと頭ではわかっていたつもりのことが
腑に落ちた
そんな気がしました。
子どもが自立するということは
親も自立するということ。
彼からもらった沢山のギフトを胸に
私はより私として
人生を生き抜いていこう。
あと一年。
自分は子どもに依存などせず
自立してる母だと思い込んでいた私がw
少しだけ本当の自立に近づけた気がする
そんな17回目のお誕生日でした。
私の愛おしい彼が
沢山の皆さんの愛に守られて
今日まで生きてこれたことに
感謝して。
ありがとうございました⭐︎
大きな独り言。
#全前置胎盤 #低体重児 #早産
