ひたひたと忍び寄る大変革。


僕にはそう思える。


今年は、終戦から63年経ったところだ。前の大変革から日本社会は還暦を迎えた訳だ。

木星の事を昔の中国では、歳星と呼んでいた。

それは、木星が60年で同じ場所に戻ってくることに由来している。


時間の概念はこの60という区切りが良く使われる。

60秒、60分、12も60を割れる。

人間の社会活動は、時間を意識して行われるのだから、その区切りごとに変化していくのは自然な事だ。


先の大変革は、戦争と言う極めて、暴力的な変革だったのに比べて、今度は、目に見えにくい変革なのだろう。


既に始まっているに違いない。


今回の不動産業者の倒産は、非常にショックだった。

直前の決算内容は、黒字だ。倒産の原因は、キャッシュ不足と資産の含み損のあわせ技によるものだ。

最大のブローは、外資ファンドの資金引き上げだと言う。


サブプライム問題は終わっていない。

遂に、名門投資銀行が、中国、韓国に買収されるなんて話もちらちら出始めた。


サブプライムは、自業自得の出来事だ。

机の上で発明された金融商品が破滅したのだが、言い換えれば、結局得をするのは、安く不良債権を買い叩ける豊富な現物資産を持つ金持ちで、貧乏人と金融ブローカーが損をしたことになる。


今起きてる出来事を、ブローカー経済(主に3次産業)と現物経済(1次、2次産業)の調整過程の出来事と捉えればしっくりくる。

肥大したブローカー経済に見合うように、現物経済が大きくなろうとしている。

今は1次産業だが、そのうち2次産業に起きるはずだ。

僕がもし、学生に就職は何処がよいかといわれれば、1次2次産業を奨める。


今までのように、ブローカー経済そのものが、手前味噌な増殖を繰り貸すことはもうお終い。

事実、肩で風切る外資系金融マンは、この数ヶ月であっという間に半減した。

このスピードにはまったく驚く。このスピードを軽視してはいけない。


銀行の存在意味はドンドンなくなっている。


今週の日経ビジネスに、個人が個人へ投資するスキームの新しい銀行の登場が掲載されていた。

そのモデルにおいても、銀行の役割は小さい。

そして、投資マネーの次のターゲットは、技術に向かっている。

投資マネーが、技術や現物に向かえば向かうほど、結果的にブローカー経済は、相対的に縮小する。


(日本の方向を、金融立国ではなく、技術立国に比重を置くことに僕は、ベットする。)


僕の会社においても、これは、人事ではない。

僕の顧客が、調整される側の企業だからだ。


幸いなことは、規模が小さいことだ。ニッチを捜しながら、もがいていけば何とか生きてゆけるかもしれない。

勝ち組は、インフラを押さえる巨大企業と独自色を出せるブティック企業だと思う。

中途半端な規模の企業が一番危ない。


食料や原油の価格が上がるのは、長期的には悪いことでは無いと思う。

代替エネルギーへの転換も進むし、もしかしたら日本の農業の再生のチャンスかもしれない。

相対的に、下がるべきは、賃貸家賃相場だ。まあほっといても下がると思うが。

今の家賃相場を支える力は、もはやあるまい。


この文には、僕の希望も多分に盛り込まれている。


会社の窓を眺めると赤とんぼが飛んでいる。子供の頃にみた物凄い大群ではないが、そこそこの数のトンボが舞っているのが見える。

ここは中央区のど真ん中だ。

東京は、確実に環境が改善されつつある。


環境と同じ様に、ヤラズボッタクリ経済がさっさと破滅し、豊かな現物経済が隆盛する社会を期待したい。