(今日も長いので、読まれる方は、覚悟してお読み下さい。オチもいつもどおりです。)


僕の敬愛する、かの故植木等大先生(クレージーキャッツ)のヒット曲。

「ハイそれまでヨ」

(なんと、僕が2歳の時の曲。カラオケのあるネーちゃん店で、50代以上のおっちゃんが、受け狙いで良く歌ってスベっている。)


あなたーだけがーっ、

生きがい、なあの~。

おねがいーっ、おねがいーっ。

捨てーえっ無いでぇ~。

(ここまではスローなムード歌謡風)


(ここから急にアップテンポ、皆でツイストしながら歌う。)

てなこと言われてその気になって、

3日とあけずにキャバレーへ、

金のなる木があるじゃなし、

質屋通いは序の口で、

退職金まで前借し、

貢いだ挙句に


ハイそれまーでぇヨ~。


(ここからは叫び)

ふざけやがって、ふざけやがって、ふざけやがって、

コノャロー!!


2番省略


わたし~だけが~あーなたのぅ妻~。

じょうぶでぇ~長持ちィ~、いたーあしーますーっ。

(ここまではスローなムード歌謡風)


(ここから急にアップテンポ、皆でツイストしながら歌う。)

てな事言われて、その気になって、

女房にしたのが大間違い、

炊事洗濯まるでダメ、

食べることだけ3人前、

一言、小言を言ったならーっ、

プイっと出たきり。


ハイそれまーでぇヨー。


(ここからは叫び)

ふざけやがって、ふざけやがって、ふざけやがって、

コノャロー!!


(最後にメローな落ち。)

泣けてぇ来うるーっ。


昭和30年代のサラリーマンの悲哀を歌った歌だ。

けれど、なんだろう。聞くと、とても明るい気持ちになる。


皆が、豊かになる予感があったせいか。


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北欧スウェーデンでは、未婚での子供の出生率が50%を超えている。

フランスでも同様。


日本でも、既に半分以上が出来ちゃった婚だが、

ヨーロッパ諸国では、もう既に’子供が生まれる=結婚する’でさえ無い。


そうなる理由として挙げられているのが、

・結婚制度そのものが面倒。

・結婚しても、しなくても不利益がない。

等だ。


では、日本人はなぜ子供が出来たら結婚するのか?


経済的理由に尽きるのだろう。

子育ての時間的、肉体的負担の軽減の為なら結婚する必要はない。


最近流行りの熟年離婚は、結婚が経済的な、契約であることを如実にあらわしている。

子育てが終わり、旦那が退職し、年金が半分こされる今、冷め切った夫婦間に、結婚している理由はなにも無い。


一夫多妻→大家族→核家族→共稼ぎ(子あり)→共稼ぎ(子なし)→結婚制度の崩壊


この流れは、豊かさの変化や女性差別から男女平等への流れと見事に符合している。

民主主義、資本主義、個人主義が熟成していくと必ずそうなっていくのだろう。


少子化は、経済問題であり、かつ時代の流れだ。


ヨーロッパ並みに、結婚せずとも、不利益にならない制度を整えれば、少子化は多少改善されるかも知れない。

まあ、この経済的な不透明感が拭い去らねば、大差ないが。

(塾代一人10万円/月の状況なんとかせい)


何で、この×2、子無しの独身中年が、こんなことを真剣に考えているのかといえば、

少子化で衰退する日本を憂いているわけでは無い。


このおっさん(僕のことね)に対するニーズが、何処にあるのか真剣にさがしているのだ。

あくまでも、自己中心的ではあるが、一応ニーズは確認しておきたい。


理想は随分と世間常識からかけ離れている。

なので、敵(女子)にもある程度開き直ってもらわねば困る。


でこうして、地道に別居婚教を布教しているわけです。


この考えは、最近、さらに拍車がかかった。

ついに、

別に、ずーと一人暮らしでもいいや。

と思えるようになったのだ。


でも、寂しいのは嫌。

で、

一人暮らしでも寂しくない方法を探っている。


2回の結婚生活の間も、僕は結婚に向いてないなあとずっと思っていた。

やっと、今更、確信に至った。


向いてないもの我慢してするとろくな事にならん。


短所を直すより長所を伸ばす方が、どれだけ簡単か。

良いとこ取りが、人間関係の基本でしょ。結婚も恋愛もしかり。


僕が求める理想は明確。


・結婚と同じだけの経済的保証は与える。

(実は、結婚したからと言って、保証されると思ったなら、大間違いだ。離婚の慰謝料や養育費がキチンと取れるほうが珍しい。)

・もし子供が出来たなら、その子供にも同様の保証を与える。

・基本別居。

・束縛はしない。されない。


こんなこと書くと、

浮気したいんでしょう、とか、子育て放棄でないかとかの非難を受ける。

そんなことではない。

いや正直に書けばそれだけではない。


基本お互い、時間的、空間的自由を認めあったのなら、浮気しようがしまいが、心配しても無駄なことだ。

(その女性(男性)を束縛したいが為に結婚する男(女)もいる。別にその思いは悪いことでは無いが、結婚したとたんにその権利(不貞を禁ずる)を振りかざすのが良くない。そういうのに限って、結婚したとたん、ゆるい外見になる。)

女の浮気の心配の半分は、既得権を犯されれる恐怖だろう。

ここでいう既得権とは、将来的な経済的保証をさす。


簡単に言えば(余計難しくなるかな)、

無責任な自由を求めてるのではなく、責任ある自由を求めているのだ。


互いに胸に手を当てて、自分の幸せ(欲求)にとってなにが必要なのか必要でないのかを見極め、互いにそれを尊重し、互いに互いを抑圧せず、自分の意思を最大限に生かせる方法論として提案している。


もしかしたら(想像でしかないが)、ヨーロッパの人々は、そう考えているのではないかと推測している。


ちなみに、結婚と言う言葉も明治に作られた言葉だ。Merryに相当する日本語は、それまで無かったのだ。

当然、結婚の定義は、大いにずれている可能性がある。


自分では、遅ればせながら、やっと少しそのずれに気がついた気がする。


自分で自分のケツを拭けないやつに、結婚して、権利をやる必要など、そもそもないのだ。

女もしかり。それが民主主義、資本主義、個人主義、男女平等の行き着く先だ。いや元々そうであったはずだ。

(女に自立せよと言ってるのではない。リスクに見合ったリターンを求めろと言っているのだ。これが、ヤラズぼったくりのキャバ嬢を相手にしない理由だ。でしょTK!?)


日本人は、Riskの捉え方を間違っている部分がある。

金融工学の世界のRiskは、変動幅だ。

どこまでの損得を許容するかを決めるのがリスク管理なのだ。

決して危険のみを指すのではない。


日本の会社でRiskが語られるときに、単なる危険と捉えるている会社がある。

大きな間違いだ。

防御的な意味合いと積極的な意味合いは両方ある。


人と同じことをして、得られるのは人と同じものだ。

全体が右肩上がりの時代には、何もせずともリターンは増えた。

社会が停滞したなら、積極的なRiskを取らねばリターンは望めない。

社会全体が下がる局面では、何もしなければリターンは自動的に減る。


冒頭の歌詞の登場人物は、

皆、ヤラズぼったくりだ。主人公のサラリーマンもしかり。

全員、債務不履行どっちもどっち。

でも、良い時代だったのだ。

それでも夢たっぷりの。ある意味、無責任に生きられた時代。


でも、残念ながらもうそんな時代は2度と来ない。

文句を言っても、始まらぬ。

リスクを取りたくなければ、リターンが減ることも我慢する以外ない。


僕には、

若くないと言うリスクがある。

何か浮気しそうだみたいなリスクもある。

喘息でいきなり死んじゃいそうなリスクもある。

良い時は物凄く稼ぐが、年収が半分位になることもある。


それに見合うだけのリターンが提供できる用になるのが、僕の責任。


だから、もちろん、女子にも要求します。

(これって、厳しいスか?)