8月なので、戦争話をもう一つ。
今日は叔父(母方)の話。
グアム島の戦争博物館に叔父の手記が展示されている。
終戦後、グアムのジャングルに27年間隠れていた横井庄一さんが有名だが、同じ時期、叔父も2年間グアム島のジャングルを逃げ回った一人だ。
ジャングルでの逃亡生活が2年。捕虜生活が1年。
合計3年分の日記だ。
1944年6月、叔父は、学徒出陣でグアム島にいた。
兵隊ではなく、少年気象隊の一員として。当時17歳。
なんと、上陸した次の日に米軍のグアム島攻略が始まったというのだから、わざわざ殺されに行ったようなものだ。
ジャングルでの逃亡生活は、まさにサバイバルの日々だ。
女郎屋の女を連れた兵隊が羨ましかったとか、
友人の裏切りとか、
命の次に大事なナイフを盗まれるとか、
手榴弾でサカナを取ったりとか、
まさに事実は小説より奇なりを地でゆく内容。
もう、ニッチもサッチも行かなくなり、
遂に叔父は、アメリカ軍のラジオステーションに侵入し、そこで捕虜になる。
殺されても良いという開き直りが、叔父の命を救った。
結局、最終的に帰国した時は、随分太って帰って来たという。
あの戦争が、ホントに大人と子供の喧嘩だったことが良くわかる。
僕は、母方の祖父のことを知らない。
もし、会えていたなら是非そのことを聞いてみたい。
3年間、行方不明の息子の姿を見たときのことを。
叔父さんは、今でもグアムを毎年訪ねる。
慰霊のため。
一緒に逃げ回った人は、叔父以外、誰一人も生きて帰れなかったのだ。