どうも景気が悪い。これは確実に悪い。
最近、派遣社員の待遇云々が叫ばれているが、肝心の企業収益が良くならないことには、全く意味を成さない議論だ。経営の立場からすれば、すぐに解雇できるから派遣社員なのだ。不況時に人件費を抑制する為のバッファに過ぎない。
派遣社員の待遇改善より、景気回復が優先されねば意味がない。
本末転倒とはこのことだ。
ここ数年、正社員を派遣社員に置き換えてきたので、10年前より、企業収益はコントロールしやすい状況になっているはずだ。団塊の世代の大量退職も有利に働く。
企業はある程度もつかもしれないが、今度の不況は一人ひとりを直撃する。
低所得者層は、確実に増える。
ただ、今回はその企業の余力も使い果たす事態にまで追い込まれるかもしれない。
とくにドメな企業、消費者相手の商売が危ない。
アメリカの後追いをするこの国は、アメリカで起きたことが、必ず数年後にやってくる。
所得の低いものは医療が受けられなくなるだろう。
給料はまだまだ下がる。
マンション価格も確実に下がる。
不況でも、なかなか下がらないものがある。
個人向けの家賃相場(法人向けは割と下がる)と役人の給料だ。
この2つが下がるときが、不況のピークだろう。
そこまで行かないと変わらないのかもしれない。
今ほど政治の役割が重要になったのは、戦後以来ではないか?
あの時は、戦争と云う目に見えるものがあった。そして、ほぼ全員が全てを失った。
変わるのは、ある意味必然であったし、それ以外になかった。
今回は、そういうある意味わかりやすい事象がないだけに、変わるのに時間がかかる。
かつてこんなに難しい世界に人間が暮らしたことはなかっただろう。
自分の預かり知らぬところで、かってに自分の生殺与奪が決められている恐怖を感じる。
自ら変われないものに明日はない。
自分の利益を守ったところで、国が衰退してはまったく意味がない。
余力のあるうちに方向転換せねば終わる。
医療崩壊もワーキングプアも教育崩壊も、実は同じ根だ。
誰もが、悪循環に甘んじて、自分の利益確保に一生懸命なのだ。
今一度、日本国憲法を読んでみると良い。
チャプター3とチャプター4。国民の権利と義務の章。
(他の章はイマイチ古臭くなっているが)
民主主義の理想が謳われたものだけに、なかなか良く出来ている。
欧米諸国が血を流して築き上げた民主主義のルールが盛り込まれている。
本来、国民一人ひとりが知らねばならないもののはずだ。
何しろ、それに従って我々は生活しているのだから。
権利と義務は必ずセットになっている。そんなことさえ忘れているのだ。
役人は、国民に奉仕するのが仕事と憲法に規定されている。
そして国民には、自由や権利が保証される代わりに義務も課せられる。
憲法問題は、第9条の事ばかり取り上げられるが、今すべきは、3章と4章の再確認だ。
今なら、その本来的な意味が理解できるはずだ。
すべては形や量の問題ではない。質の問題だ。
ありがたいことに社会資本は十分に積んだ。
形や量は、世界で一番はもう経験した。
芸術や食の文化に於いては、世界の超一流国だ。
便利さに於いては、間違いなく世界一だ。
消費することが、ステイタスの証明であった時代はもう終わり。
今求めるべきは、質の高い生活だ。
こんなことを敢えてここで力説する必要はないのかもしれない。
皆、否応なくそうなるように追い込まれる。
ならば、消費することをステイタスとすることを早く止めた者こそが、次世代の勝者ではないか。
もしかしたら、車を買わなくなった20代の若者は、次世代の勝者になれる可能性が高いのかもしれない。
30代、40代はどっぷり消費文化に染まっている。
今の中国の状況をみれば良くわかる。
かつて、どこかで見たものそのものだ。
東京オリンピックとバブルが一緒にやってきたような狂乱ぶりだ。
その消費文化を羨む必要はない。この国は中国より間違いなく恵まれている。
日本の50年を倍のスケールで20年で経験しているようなものだろう。
その点で、日本は非情に恵まれていた。全世界のマーケットの10%を僅か人口比2.5%の国が占めることが許されていたのだから。許されている間に、十分な社会資本を積んだ。
中国全体のGDPは日本を越えた。だが10億人の中国人が日本人と同じ生活するにはまだ10倍の開きがある。
今の10倍の消費経済を支えるマーケットはもう世界にはあるまい。
目指すべきは、生活の質だ。
少子化は必然だし、悪いことではない。少子化を問題にしているのは消費文化の信奉者だ。
この便利な社会と他国を労働者の数で比較すべきではない。
それに製造業以外は、生産性は幾らでも上げられる。
口を開けていれば、誰かが食わせてくれた時代は終わった。
恵まれて過ぎていたのが、普通になるだけ。
ただ振り子の原理で、少々逆に振れそうなのが今なんじゃないだろうか。
先に気付いたものから、自由になれるはずだ。
変われないものには、いつまでたっても自由は来ない。