今日は誕生日です。
もうあまりおめでたい年齢ではないのだけど。
40数年生きてきて、振り返ると殆んど何も残っていないことに愕然とする。
家に居る黒猫アリスと会社、仕事仲間、バーの常連の友人、六本木にある17年通ってるクラブ。
年老いた両親、姉と甥と姪。
20代、30代は、ほんと仕事人間。だから今社長やってるのだが。
だから何?と最近思う。
元カノジョと六本木のクラブの女子からおめでとうメールを貰う。
あとMIXIのマイミクから数人。全部女。
忘れずに居てくれるひとが居るだけで幸せだ。
佐川急便から電話があって、冷凍もののお届け物があると云う。
ここ数年、面倒見てる女子からだ。
元カノジョで、わけあって、マンションの家賃分面倒見ていたのだが、辞めようと思った矢先に子供が居ることが判明し、今も継続して面倒見ている。
今まで、誕生日に贈り物などくれたことも無いのに。
真剣さが伝わってくる。
贈り物とは本来こういうものだろう。
別れた元カノジョの面倒みていることについては、いろいろと云われるが、多分、今、この世で一番僕に感謝してくれているのは彼女だと思う。少なくとも僕の存在はカノジョとカノジョの子供には必要だ。
存在価値があるとの実感だけで、なんと幸せな気分になれることか。
原因は兎も角、
生活することに必死な母子と何も無い中年男が、紡いだ細い糸。
これも不思議な縁だ。
ここで、学んだのは、縁を丁寧に扱うこと。
これからの人生、縁を一つ一つ丁寧に扱えば、
そうすれば死ぬときに寂しい思いをしないで済むやもしれない。
乱暴な人付き合いはもうしたくないし、人付き合いが乱暴な人とも付き合いたくはない。
縁は大事に紡いでいかないとすぐに切れる。
社長になれば、幸せになるわけではない。
今更、気づくのがはなはだ遅すぎるが、そうならなければ気づかないほど頭が悪いのだからしょうが無いよね。
47歳の誕生日に思う。