starjourneyです✨
(久しぶりに飲んだGonchaのブラックミルクティー。美味しかった)
ドラマ「舟を編む」を観出して以来
「なんか」
という言葉を多用していないかどうか
自分でも気をつけるようになりました。
ちなみに、
「なんか」という言葉は
実に多様な意味があり
いろいろな使い方をされます。
その中でも、
私が気をつけなければならないなと
思った使い方は
「軽視の意味を持つ
使い方」。
例:「私なんかできません」
「あなたなんか、できるわけないでしょ」
「カメラなんかやめてちょうだい」
自分に使ったとしても
自分を卑下することになるし
他人や物に使っても
傷つけたり、貶めたりすることになります。
このことは、
先日の記事でも書きました。
ですがもう一つ
別の意味でも使われ、
使い方に注意が必要だと
思った使い方があったのです❣️
それは、先日のこと
母が、姉に付き添ってもらい
病院に行って
MRI検査が必要になり
検査の時間まで時間があるからと
お寿司屋さんに行ったらしいのです。
そのときの母の言葉。
「お寿司『なんか』
最近食べないからねえ」
と言っていたという話を姉から聞いて、
「あっ❣️
『なんか』使ってる❣️」
と気づきました。
姉はさらに
「先月、starjourneyが
家でお寿司を取ってくれて
食べたでしょう?
忘れたの?」
と母に言ったようです。
(先月そんなことがありました)
すると母はお寿司をしばらく食べてから
先月もお寿司を食べたことを
ようやく思い出したらしい💦
やっぱり忘れっぽくなってますね。
でもここで母が使った
「なんか」は
お寿司を
「軽視」しているわけでは
ありません。
むしろ、反対の意味です。
「とんでもないほど
手が届かないもの」
という意味です。
ただ、そのウラにはやはり
「とんでもないほど
手が届かないお寿司に
滅多にありつけない私」
という自己卑下が隠れていると
私は感じました。
こういう
「なんか」の使われ方って
ややこしいですね。
「とんでもないほど
手が届かないもの」
のように見せかけて
話し手の気持ちは
自己卑下が滲んでいて
諦めすら漂っていて、、、
でも、
実は私も母が今回使ってたような
「なんか」
とてもよく使っていたという感覚があります。
「今私は高齢の母と二人暮らしだから
旅行『なんか』
行けない」
とか。
「私にはリーダー『なんか』
務まらない」
とか。
どちらも、旅行もリーダーも
軽視してなくて
むしろ「手が届かないもの」
として話していたんです。
だけど。
こういう「なんか」の
使い方をしていたら、
「旅行」も「リーダー」
も、
「口に出した言葉通り」
「手が届かないもの」
のまま
ではないかな?
と気づきました。
「言霊」ってあって
「口に出した言葉は
潜在意識に届いて
現実化する」
と言いますからね。
だから、
「なんか」の多用は
注意が必要だと
感じました。
どんな言葉を使うかで、
自分の今後が変わると思うからです。
それでは皆さまも
今日も一日良い日をお過ごしくださいね✨
クリエイティブライフランキングに
参加しています❣️
ぜひヒツジちゃんを
ポチッとしてくださいね❣️
現在
第6位になりました❣️



