こんにちは、starjourneyですラブラブ

さて、「父のこと」つづきですラブラブ

 おそらく今から10年ちょっとくらい前のこと、

母が、めずらしく高校の同窓会に帰郷した時、

母の兄と一緒にタクシーに乗りました。

 その時のタクシーの運転手が、びっくりするような話を

したというのです。

 母と父の実家はいわば隣町のような関係なので

地元の人からしたら近所なのですが

「父の実家が持っているみかん山のあたりに

高速道路が通り、土地の所有者は多額のお金を

もらった」という話でした。

 母には初耳でした。

 そういえば、祖父がなくなってからも、

その後いっさい相続の話は来ていない。

その後母の親戚からも、

「たくさん(父も)もらったんでしょ」みたいなことを

言われたりするくらい、

地元では有名な話であることを知りました。

 その後父にもその話が耳に入り、

相続問題を曖昧にしていた異母兄に対する疑念が

日に日に増大して行きました。

 父は異母兄に聞いても電話には出なかったり

果ては受話器をあげたままにしたりして

居留守を使ったりすることが続きました。

その頃父は躁状態なので、使う言葉も荒く

まっすぐに追求していたので

当然話しにくかったと思われますが。。。

 父は、自分でも独自に調査を始めました。

 幸か不幸か実務で法律を使っていたので、

弁護士や司法書士に相談したりするのは

ある意味お手の物だったのです。

いろんな所に電話しまくり、

国土交通省に電話をしたりもしていました。

 調査してわかったのは、

みかん山の土地は現在は

父の異母兄の一人息子の名義になっている

ということ。

 そして相続の手続きに関しては

父の言う通り父にも連絡をするべきだし

同意も必要だけれど、

すでに時効期間が経過しているので

どうともしがたいとのことでした。

 父は、異母兄に説明をしてほしくて

躁状態なのに

実家に乗り込んで行きました。

 実家には上げてもらえたものの、

父は夕食にお弁当を買って行ったそうですが

叔母(父の異母兄の妻)がお茶をもってきただけで

食べられる雰囲気ではなかったそうです。

 叔父はまともに話もせず、

 ただ、これだけははっきり言ったそうです。

 「家の敷居をまたぐな」と。

 結局、父は夜の11時くらいまで実家にいたけれど

予約してあった国民宿舎から電話が入って

宿舎に泊まって、東京の自宅に戻ってきました。

 自宅に戻ってきた時、父は

「ああ、疲れた」と言って玄関で倒れ込みました。

 その後、父はだんだんに心臓を悪くして行ったのです。

 このようなことが行われていた当時、

私はすっかり父に振り回されていました。

 「こんな、人に文句を言ってばかりの父は

 恥ずかしい。かっこわるい。」と思っていました。

 そして同時に、私だけでなく家族も

「相続問題をきちんと説明をしない叔父は

 おかしい」という気持ちも持っていました。

 また、「叔父からきちんと扱ってもらえない父

はかっこわるい」とも思い、

「でもお父さんの言うことは正しい」とも思い、

いろんな思いが交錯していました。