こんにちは、starjourneyです☆
さて、「父のこと」いきます
私は大学3年生の夏にニューヨークに短期留学に行き、
途中で帰りたくなりながらも最後まで頑張り通したのでした。
と、ここで、その当時の彼の事を。
女性にとって、恋人の事は父親ととても関係して
いるとよく聞くので。
彼は、私と同じ法学部のゼミの同級生で、
司法試験をめざしていました。
私の父も法学部出身です。
私が法学部に行ったのも、父の影響が大きいと
思います。本当は私は、本を読むのが大好きだったので
文学部のほうが合っていたかもしれません。
でも、「のちのちの就職の事を考えて、
法学部の方が就職に有利そうだから」という
心や適正を無視した学部選びをしてしまいました。
で、父は、司法試験を受けはしなかったけれど
弁護士に憧れがあったと思うし法律に価値を
置いている人だったんですね。
だから、知らず知らずのうちに、
司法試験を受ける人を相手に選んでいたと
思います。彼は確かに司法試験を受けるとは
言っていたけれど、
4年生の就職活動の時期に就職しようか
迷ったりしていたので、
本当は気持ちが確定していなかったのかも
しれません。でも、私は彼が就職しようか
迷っていた事を後になって思い返して気が付いたけれど
そのときはそんな事を彼がにおわせても
「この人は司法試験をうけるんだ」と思い込んでいたので
彼の迷いに気づいてあげられませんでした。
彼は九州出身で建設関係の会社社長の息子でした。
実家がお金持ちだったので、バイトもしないで
暮らしていました。いい人だったけれど、
わがままな面もありました。
大学4年の時に私が就職活動で銀行に
就職を決めて、実際就職して彼が司法試験に落ちた
時に、お互いのストレスが溜まりすぎてしまい
別れてしまいました。
彼とはその後半年してから一度復活したけれど、
やっぱり別れてしまい、
それでもかなり長年ずっと思い切れずにいました。
九州男児ってよく言いますが、
「あまりしゃべらず女性からたててもらったり
世話されるのが好き」みたいな雰囲気の人で
私は両親ともに九州出身なので
そういう人に親近感をいだきやすかったのかもしれません。
そして私が就職して数年経った時、
阪神淡路大震災が起きました。
それが、また父が躁状態になる始まりでした。
さて、「父のこと」いきます

私は大学3年生の夏にニューヨークに短期留学に行き、
途中で帰りたくなりながらも最後まで頑張り通したのでした。
と、ここで、その当時の彼の事を。
女性にとって、恋人の事は父親ととても関係して
いるとよく聞くので。
彼は、私と同じ法学部のゼミの同級生で、
司法試験をめざしていました。
私の父も法学部出身です。
私が法学部に行ったのも、父の影響が大きいと
思います。本当は私は、本を読むのが大好きだったので
文学部のほうが合っていたかもしれません。
でも、「のちのちの就職の事を考えて、
法学部の方が就職に有利そうだから」という
心や適正を無視した学部選びをしてしまいました。
で、父は、司法試験を受けはしなかったけれど
弁護士に憧れがあったと思うし法律に価値を
置いている人だったんですね。
だから、知らず知らずのうちに、
司法試験を受ける人を相手に選んでいたと
思います。彼は確かに司法試験を受けるとは
言っていたけれど、
4年生の就職活動の時期に就職しようか
迷ったりしていたので、
本当は気持ちが確定していなかったのかも
しれません。でも、私は彼が就職しようか
迷っていた事を後になって思い返して気が付いたけれど
そのときはそんな事を彼がにおわせても
「この人は司法試験をうけるんだ」と思い込んでいたので
彼の迷いに気づいてあげられませんでした。
彼は九州出身で建設関係の会社社長の息子でした。
実家がお金持ちだったので、バイトもしないで
暮らしていました。いい人だったけれど、
わがままな面もありました。
大学4年の時に私が就職活動で銀行に
就職を決めて、実際就職して彼が司法試験に落ちた
時に、お互いのストレスが溜まりすぎてしまい
別れてしまいました。
彼とはその後半年してから一度復活したけれど、
やっぱり別れてしまい、
それでもかなり長年ずっと思い切れずにいました。
九州男児ってよく言いますが、
「あまりしゃべらず女性からたててもらったり
世話されるのが好き」みたいな雰囲気の人で
私は両親ともに九州出身なので
そういう人に親近感をいだきやすかったのかもしれません。
そして私が就職して数年経った時、
阪神淡路大震災が起きました。
それが、また父が躁状態になる始まりでした。
