前回、
心コンシェルジュの記事を書いてから

講座自体は毎週受けておりましたが

アウトプットの優先順位が下がっていて、

本日となりました。

振り返りつつ、アウトプットしたいと思います。




MCC2回目

『うなづき』


そもそも、
うなづくことに意識を向けたことがあるでしょうか?

「運動不足と同じように、うなづき不足」
と、お話されているところがあって。

確かに
うなづいてるつもりで、うなづいていなくて。

だから結果、
うなづいていないってことになるんだけど。


うなづきにも

理解
共感
感嘆

があります。

自分が話す側になったときに、
やっぱりうなづいてくれてる人の方が話しやすいとは思うし、「この人になら、もっと話したい」と思うのは、至極真っ当なことで。

たとえ同意することができない話の内容だとしても
「あなたはそう考えるんだね」とか
「あなたはそう感じるんだね」とか
私はそう思わないけど、あなたがそう思うのは理解できます。
という気持ちが大事かなと。


講座をナビゲートしてくださってるACCから
『自己重要感』
のことを伺ったんだけど

・人は誰でも自分のことを価値ある存在だと思いたい
・人は誰でも自分のことを他人からも価値ある存在だと思ってほしい

という内容で、
私はそのお話を聞いたときに、やっぱり自分に返ってくるのかなと感じていて。

自分自身が『価値ある存在』だと思っていたら相手も認めてあげられる。
かなと。






『ほほえみ』

この記事を読んでくださる方は、普段、自分がどんな表情をしているか、客観的に見たことがありますか?

私は、GoProというカメラを持っておりまして。
そのカメラを買ったときに、家で試し撮りをしていたのですが、その映像を見たときに驚愕いたしまして。

なんという仏頂面!!

もちろん、
うなづいてもなければほほえんでもない(笑)

なんとつまらなそうな表情を相手に向けていることか!!


その記憶があったので、
『ほほえみ』
は刺さりまくりでして。

表情も筋肉で作っているから、
使わないと劣化します。
そしてたるみます!!

たぶん
相手が大切な存在だ
と気付いているときって、自然とほほえんでると思うけど、そうじゃない、自分の中のあれやこれやとかモヤモヤによって気付けてないというか、自分が満たされてないときって、ほほえみどころじゃないんだと思うから、やっぱり最終的には自分なんだよね。